SHISEIDO presents エコの作法
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2014年8月1日放送
「涼む×夏の暮らし」 

暦の上では今は大暑。一年の中で最も暑い季節です。冷房の効いた部屋なら暑さもへっちゃら?でも窓を締め切った部屋では「涼む」楽しさは味わえません。日本人にとっての「涼しさ」とは温度計だけでは測れないもの。時には音に涼しさを感じたり、時には見た目の涼しさに心癒される。涼しさとは五感すべてで愉しむもの。先人は知恵を絞り手間をかけ、思い思いの「涼しさ」を生み出しました。

訪ねたのは大正時代に建てられた京町家「紫織庵」。6月の頭から9月の終わり頃まで家中が夏のしつらいに変わります。建具という建具がみんな風を通すものに変わります。建具をことごとく夏向きに替えられるのも日本家屋の扉や仕切りが簡単に取り外せる「引き戸」になっているから。全ての引き戸を開け放てば開放感溢れる空間が生まれます。そしてそこに風を通すために必要なのが庭。たとえ狭い庭でも建物を挟んで両側に二つあるのがポイントです。風が通りすぎる夏の部屋。自然が生み出す涼しさを最大限に利用して作られた伝統的な日本の家。けれどそうした夏を凌ぐための優れた技術も次第に姿を消しつつあります。

「柱影 映りもぞする 油団かな」高浜虚子が詠んだ夏の句。 この油団を敷くとわずかに部屋の温度が下がるのだとか。和紙で作られ使い込むほどに光沢が増します。かつては全国で作られていたものの、今ではもう日本で一軒だけになってしまいました。福井県鯖江市にある表具店・紅屋紅陽堂。日本でただ1人油団の技術を継承する牧野さん。まずはご自宅の油団の敷かれた部屋へ案内してもらいました。表面はつるつるとして触ると確かにヒンヤリした感じ。お客への夏のもてなしとして敷かれた油団。真夏の暑い日でも油団を敷いた部屋だけは空気がヒンヤリとします。

現在油団作りを行うのは牧野さんとその下で技術を学ぶ息子さんとお弟子さんの3人。まずは生麩糊で油団の表面となる鳥の子和紙を貼り合わせます。この大きさの紙を継ぎ貼りして目的の広さにします。完成品の厚さは4ミリほど。この上にさらに数種類、15枚ほどの和紙を貼り重ねてゆきます。重ねた和紙を一枚に繋ぐのが「打ち刷毛」という技術。シュロの固い刷毛で叩くことで上下の和紙の繊維が絡み合います。繊維の長い良質な和紙でなければきれいな一枚の紙にはまとまりません。畳8畳分で叩くこと1万回以上…。完成には3人掛かりでひと月はかかります。このあと柿渋を引き、さらに表面にエゴマの油を塗って天日干しをしたらやっと完成。これだけの手間がかかるためお値段は1畳あたり10万円ほど。しかし油団はその値段に見合うだけ驚くほど長く使うことができるのです。

鯖江市近くの料亭に100年使われ続けている油団があります。完成直後は真っ白な油団も、使い続けるうちに飴色に輝き水分も染み込みにくくなっていきます。牧野さんのところには修理の依頼も舞い込みます。和紙のことを知り尽くした職人の技が生んだ油団。それは電気も使わずただ敷くだけで五感に涼しさを伝える伝統的な日本の夏のしつらい。

日本には夏にお酒をより冷たくして愉しむこんな器があります。目にも涼しい錫の器です。 錫の器に入れた水は腐らずお酒の味もまろやかになるとか。創業170年の歴史をもつ清課堂。京都で唯一錫の器を作り続けている老舗です。伝統の製法を守りながらオリジナルのデザインにこだわります。表面に細かい「目」といわれる模様を入れるのが京都の錫器の特徴です。

錫は融点が低く柔らかいため加工しやすい素材。その特性を生かし錫の板を叩くだけであの形を作っていきます。まずは「板取り」の作業。溶かして板状にした錫から形を切り出します。鳥口という棒状の台をアテに筒状にしていきます。柔らかい錫を叩くのは木槌。そして溶接。繋ぎ目を小刀で削ると美しい輝きが。そしていよいよ形を作ります。叩いて金属を鍛える「鍛金」と言われる作業です。ここでは金槌も使います。金槌で叩くと生地が縮みくびれを生み出すのです。木槌と金槌を巧みに使い分け半日がかりで滑らかな曲線を作っていきます。表面をヤスリで研磨すると流れるような美しい形が生まれました。ここから京都の錫器ならではの「目入れ」の作業。100本近くあるという金槌にはそれぞれに違った模様が彫り込まれています。シンプルな器の表面に刻まれる涼しげな模様。金槌を替えることで様々な器の表情が生まれます。最後に底をつけたら完成。このビアマグは神事に使う瓶子の形をヒントに源兵衛さんがデザインしたもの。錫の器のルーツともいえるデザインを現代の暮らしの中に蘇らせました。何度でも生まれ変わることのできる錫はリサイクルの原点のような材料。素材を、そしてデザインを未来へつなぐ…涼しげな輝きはそんなエコな心から生まれているのです。

「あてなるもの 削り氷にあまずら入れて 新しき金椀に入れたる…」枕草子の一節。「あてなるもの」とは上品なもののことです。かつて高貴な人しか口にできなかった氷は庶民には高値の花。しかしそのあてなる涼しさを口にしたいと人々は様々な工夫をこらしました。

京都・桂にある明治16年創業の和菓子の老舗中村軒。夏はやはりかき氷が一番人気です。 今では氷も簡単に手に入り誰でもかき氷が食べられるようになりましたが、それもここ100年ほどのこと。それまで一般庶民はかき氷のかわりに「水無月」というお菓子を食べていました。半透明の外郎を氷にみたて、小豆をのせたまるで氷あずきのようなお菓子。赤い小豆には魔除けの意味もあります。室町時代、旧暦6月1日は「氷の節句」とされ宮中では氷室の氷を食べて夏の無病息災を祈っていました。その日に庶民が食べたのがこの水無月。京都では今も6月末の夏越しの祓えに合わせ水無月を食べる習慣があります。氷が貴重だった時代、人々は葛や寒天を使って透明感あふれる和菓子を生み出しました。それは日本ならではのあてなる涼しさ。

『「涼しさ」はやはり日本の特産物で、そうして日本人だけの感じうる特殊な微妙な感覚ではないかという気がする。』明治の科学者で文学者・寺田寅彦の言葉。彼はこんな句も詠んでいます。「ブンブンと器械団扇の暑さ哉」。科学者でありながら文明の利器が生み出す風には暑さを感じたようです。やはり日本の特産物である「涼しさ」を感じさせてくれるのは手でゆるゆると仰ぐ団扇哉。

清流・長良川。この川のそばで明治時代から作られている美しい団扇があります。名前を水団扇といいます。水のように透明で涼しげな見た目がその名前の由来。この水団扇は江戸時代からこの土地で作られていた岐阜提灯の竹と和紙を使う技術を生かしたもの。この透明感は薄くて丈夫な美濃和紙があったからこそ生まれました。使われるのは和紙の中でも特に薄くて強い「雁皮紙」。原料は雁皮という植物の繊維。一般的に和紙の材料として使われる楮に比べ繊維が細く短いため緻密で美しい紙肌に仕上がります。岐阜では一度生産が途絶えていましたが地元の若者たちが水団扇を作るために復刻しました。細かい雁皮の繊維で限りなく薄い紙を漉くのは至難の業…。1日に500枚以上漉いても実際に使えるのは半分ほどとか。絵付けにも伝統的な手法を生かしています。美しい色の濃淡はこの型紙と刷毛を使った方法でしか表現できないのだとか。そして水に濡れたような透明感を出す決めてがニスを塗る作業です。使うのは虫の分泌物から作った天然のニス。一はけ塗るごとに水で濡らしたように紙が透明になってゆきます。耐水性も増していつまでも美しい透明感が保たれます。水の姿を映しとったような団扇はこんな地道な手仕事から生まれました。見るだけでも涼しい。そんな「涼しさ」こそが日本の特産物。

日本ならではの涼しさをもう一つ。京都の夏の味覚ハモです。夏にも新鮮な魚を食べたいという京都人のこだわりと技が鱧を名物にしました。創業150年。京都きってのハモ料理の老舗「境萬」。「落とし」や「葛たたき」は見た目もさわやか。夏に嬉しい逸品です。今では高級魚の代名詞となった鱧。しかし江戸時代の半ばまでは小骨が多いことからあまり好まれていませんでした。それを高級魚に変えたのが職人の包丁。「鱧の骨切り」と呼ばれる技です。境萬6代目の澤野さんにその技を見せてもらいました。小気味よい音は骨が切れている音。この音の善し悪しで職人の腕がわかるとか。皮を切らないようにギリギリのところまで身を切るのが名人。「一寸を二十四に切る名人技」。その身はまるで樹氷のように白く輝きます。湯引きをすると一瞬にして白い花が咲いたよう。冷たい水で締めて淡雪のような夏の味覚の完成です。受け継がれる包丁の技が暑い京都の夏に涼しさを添えます。

自然に寄り添い暮らして来た私たちが心の中に育んだ涼しさ。自然が教えてくれたのは五感を研ぎすませるということ。本物の涼しさは私たちの心の中にも風を吹かせてくれるのです。

紫織庵

〒604-8205
京都市中京区新町通六角上ル
TEL:075-241-0215
URL:http://www.shiorian.gr.jp/

紅屋紅陽堂

〒916-0087
福井県鯖江市田村町2-10
TEL:0778-62-1126

清課堂

〒604-0932
京都市中京区寺町通二条下る妙満寺前町462
TEL:075-231-3661
URL:http://www.seikado.jp/

中村軒

〒615-8021
京都市西京区桂浅原町61
TEL:075-381-2650
URL:http://www.nakamuraken.co.jp/

家田紙工株式会社

〒500-8023
岐阜市今町3丁目6番地
TEL:058-262-0520
URL:http://www.iedashikou.com/

堺萬

〒604-0026
京都市中京区二条室町西入ル大恩寺町248-2
TEL:075-256-7728

イェンス・イェンセン


<プロフィール>
デンマーク出身。2002年来日。デンマーク大使館に勤務しつつ、デンマーク料理、インテリアなど、ライフスタイル全般を雑誌やイベントなどで提案。北欧でのDIY的生活、エコライフの普及など多岐にわたる活動をしている。休日には小田原の田園に仲間とつくったデンマークスタイルの家庭菜園「コロニへーヴ」に通うなど、そのナチュラルライフが注目されている。