SHISEIDO presents エコの作法
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2014年6月13日放送
「生きる×苔」 

雨が降り続くこの季節に美しく輝く小さな世界があります。緑まばゆい苔。苔には不思議な力が秘められていました。国歌にも歌われる程日本に深く根ざしている植物。中には数千年生きる苔も。日本人が古くから愛でてきた苔。梅雨を楽しむための苔の世界をお届けします。

比叡山のふもと、大原。天台宗の祖、最澄が開いた三千院。1200年以上の歴史があり国宝、阿弥陀三尊坐像を有します。高貴な人が世俗を離れ仏門に入ったこの寺の深い緑に包まれた庭を訪ねます。先ず案内していただいたのは「緑を集める」という意味の聚碧園。江戸時代初期の茶人、金森宗和の作品と伝えられています。三千院もう一つの庭へ。有清園です。この庭は季節の移ろいを歩きながら感じられるよう作られました。山の静けさの中に広がる優美な緑の世界。苔庭の住人、わらべ地蔵。実は昭和40年代に寄贈されたもの。何百年も前からいたかのような風貌を苔が作り出しています。三千院の周囲を流れる豊かな水源がこの庭に大きく影響していました。音無の滝を初めとし南に呂川、そして北に律川。水を好む苔にとって育つ環境が整っているのです。豊かな水源と木立から差し込む適度な日差しがこの苔むす静かな世界を生み出しました。国宝、阿弥陀三尊坐像。有清園の中にある往生極楽院に収められています。この阿弥陀様が見つめる先に一面の苔庭が広がります。深い緑に抱かれる三千院の苔庭。自然が生み出した神秘の庭でした。

禅宗寺院で最も古い東福寺。ここに苔を芸術にまで高めた庭があります。東福寺の塔頭、光明院。「波心の庭」。苔と白川砂で作られた美しい庭園が広がります。庭園を管理するのは作庭家の重森千青さん。日本庭園に欠かせない苔。雨が降ると庭は表情を変えます。日本を代表する作庭家、重森三玲。千青さんはその孫にあたります。洗練された庭は伝統を踏まえながらも大胆な発想で生み出されたものでした。東福寺では三玲の庭を多く見ることができます。僧侶の住居や応接間として使う方丈。三玲の代表作とも呼べる庭、八相庭園。枯山水の中に現代美術の抽象的な要素を取り入れました。中でも最も斬新なデザインが小市松の庭。苔を芸術の域へと導いた重森三玲の最高傑作です。完成当初はまばらだった苔。周辺の自然環境の良さから全面を覆い尽くす程にまで広がりました。端正な庭にあしらわれた苔には日本人の精神性と美意識が秘められていました。

標高1000mを越す栃木県、奥日光。原生林に川、湖、湿原が織りなす変化に富んだ地は厳しい気候条件でも知られています。でも苔にとっては快適な環境。これまで国内で見つかった苔は1800種近く。日本は世界有数のコケ大国なのです。ここ奥日光では300種の苔が 見つかっています。国立科学博物館でコケ植物の研究をしている樋口さん。セイタカスギゴケ。星に似た形の葉は乾燥すると枯れたように縮んでしまいます。これは生命活動を停止しているだけだそうです。種類によって様々な姿、形を見せる苔。中にはこの時期にしか見ることが出来ないものもあるそうです。苔についてここでちょっと基礎知識。陸上に植物が進出したのは今からおよそ4億6千万年前のこと。藻類の仲間が祖先とされ、陸上に上がるとコケ植物からシダ植物、そして花を咲かせて実や種をつける種子植物へと進化していきました。苔は今も植物の原始的な姿を保っています。光合成で光からエネルギーを吸収し栄養源を作る苔。そのとき必要なのが二酸化炭素と水。でも苔には根も茎もなく水分を蓄えられません。ですから水がなくなると光合成を止めて生命活動を停止。休眠してしまうのです。このシンプルな構造だからこそあらゆる環境でも生きることができると言われています。奥日光だけでも300種以上ある苔。中にはこんな苔も…天然記念物にも指定されているヒカリゴケ。わずかな光を反射して光っているように見えるのです。奥日光の近くにある湿原、戦場ヶ原。火山活動によって生まれた湖が長い年月を経て湿原になりました。そのとき最初に現れ大きな役割を果たしたのがイボミズコケ。奥日光の自然は苔によって育まれたのです。その性質から陸上最強の植物とも呼ばれる苔。日本人が愛してきた苔には不思議な力が漲っていたのです。

神奈川県茅ケ崎市。市内のとあるカフェ。苔玉のワークショップが開かれていました。今インテリアとして人気の苔玉。その苔玉を自分で作ってみようというのです。教えるのは湯川さん。苔玉は苗木を植えたものが主流。湯川さんは花をあしらったり季節ごとに植物を変えたりデコレーションをしたりと愛らしい佇まいを活かした苔玉に定評があります。

今回使う苔は山苔に乾燥させたミズゴケ。そしてワインのコルクも。まず水を含ませて苔を生き返らせます。苗木を入れる部分を作っておき、そこにワインのコルクを入れます。糸でグルグル縛っていって…土台が完成です。苗木を根っこまで丁寧に埋めたら苔玉らしくなってきました。そしてここで山苔の登場。表面を覆う緑の絨毯のように糸で巻き付けていきます。形を整えつつ生き物の苔がちゃんと育つようにバランスよく配置します。作り始めてからわずか10分。完成しました。意外に簡単な苔玉作り。

ところが苔は地球の歴史までも教えてくれる。東京都立川市、国立極地研究所。伊村さんの研究はなんと南極の苔。何度も南極に出向き驚くべき苔の生態を発見しました。水中で発見した巨大な苔の群生。三千年以上前から生息していることがわかりました。厳しい南極の自然。そんな環境でも生き抜く苔の力を活かせないか。研究が進められています。

苔が醸し出す柔らかな緑。日本人が大切にしてきた萌える緑。この国の文化を代表する茶の世界で苔は大きな意味を持っていました。訪ねたのは茶道裏千家の桐蔭席。苔は茶の文化にも大きな影響を与えていました。利休は「侘び寂び」を形に表すものとして茶室の庭に苔をあしらったのです。裏千家の流儀に習いお茶を頂きます。亭主の徳丸さん。客人と言葉は交わさずただ静かに一礼。中門を抜けると幽玄な庭が広がります。そしてつくばいで手と口を清めます。俗世のけがれを持ちこまない意味があるのです。こうして心身ともに清めた後、茶室へと入ります。路地を抜けた茶室に緑はなく一輪の花があるだけ。花には相手を敬う気持ちが現れています。そうした亭主の想いが込められたお手前を頂きます。路地の苔の緑によって払われた雑念。茶の味を感じとります。利休が作った茶の湯。苔庭が作り出すのは「無」の世界でした。心身の汚れを祓いながら路地を進む。苔が作り出す清らかな空間。それは茶を頂くためには必要なものでした。苔庭で心を清らかにし茶と向き合う。茶の湯にとって苔はなくてはならない存在でした。

あまりにも小さくあまりにも大きな力を持つ苔。自然、芸術、禅と苔をふんだんに活かす日本文化に出逢いました。この国の大地を、そして文化を足元で支えてきた苔。長雨が続くこの時期最も光り輝く小さな命に目を配ってみませんか?

天台宗 京都大原三千院

〒601-1242
京都市左京区大原来迎院町540
TEL:075-744-2531

東福寺光明院波心庭

〒605-0981
京都市東山区本町15丁目809
TEL:075-561-7317

東福寺方丈庭園

〒605-0981
京都市東山区本町15丁目778
TEL:075-561-0087

すずの木カフェ

〒253-0043
神奈川県茅ケ崎市元町4-32
TEL:0467-82-3411

情報・システム研究機構 国立極地研究所

〒190-8518
東京都立川市緑町10-3
TEL:042-512-0608

桐蔭席

〒605-0925
京都府京都市東山区今熊野日吉町
TEL:075-561-3261

アレックス・カーさん


<プロフィール>
東洋文化研究家。「日本の美しい残像」著者。失われつつある日本の美しい自然や伝統文化を「残像」と表現し、日本への深い愛情と失われるものに警鐘を鳴らした。アメリカ海軍だった父につきそい1964年に初来日。大学卒業後また日本に留学。日本中を旅した彼は徳島県祖谷に感銘を受け、そこで茅葺き屋根の家を購入し住居としている。