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2014年1月10日放送
「伝える×秘境の暮らし 信州・遠山郷」
深い山々に挟まれた谷あいの地。秘境でその名を知られる「遠山郷」。標高900M。昔は一日では辿りつかなかった難所中の難所。そんな秘境の地に800年もの間脈々と受け継がれてきた神秘の祭。夜通し行われる神と人との祭り、霜月祭り。村人の体から体、記憶から記憶へとほとんど形を変えず伝え残されてきた伝統の祭り。なぜ、この地では長年にわたりこの祭りが伝え続けられたのでしょうか?
祭りの前日。上町正八幡宮。着々と準備が進められていました。祭りは地区の人が総動員で行います。祭りの中心となるのはこの大きな竃(かま)。材料はこの土地の粘土と藁。この竃で神々に捧げる湯を祭りの間中沸かし続けます。神々が宿る湯の上飾り。その種類も切り方も800年前から全く同じ。一ヶ月ほど前から少しずつ準備をしてきました。一方こちらでは…食事作りの真っ最中。昼夜通して行われる霜月祭りを取り仕切るのは男達。女達は手作りの料理で影から祭りを支えます。
遠山郷の中でも最も標高の高い下栗地区。生まれも育ちも下栗という大川さんのお宅に伺いました。大川さん、畑でとれた大豆は昔ながらの方法で選別します。昔から変わらない風景、変わらない暮らしです。それにしても斜面の急勾配なこと。まるで崖のようですがれっきとした畑。最大で傾斜が30度以上にもなるという土地。豊かな実りを願う工夫が伝えられています。例えば谷の方を向いて土を下から上に持ち上げて耕す「逆さうない」。畝は同じ高さに沿って耕す「横畝立て」。ここ下栗は日本の東西を二分する中央構造線のちょうど別れ目の部分にあたります。東側に位置するのが下栗地区。その土壌は古い時代の堆積岩で西側の花こう岩から出来た土壌に比べて畑作りに向いていました。これほど険しい地形でも作物を育てる条件は十分に整っていたのです。そこには自然に逆らわずに生きる秘境の恵みがありました。米ができない代わりに、キビやソバなどの雑穀類。長野県の伝統野菜に指定された下栗いも。
普段は静かな秘境の暮らし。明日はいよいよ遠山郷が祭りの熱気に包まれます。
神々を招き魂の再生を願う霜月祭り、当日。これから20時間。村人総出の祭りがいよいよ始まります。出来上がった竃に火が入りました。霜月祭りで大事な神事「神帳」が始まります。巻物に書かれているのは全国66カ国の神様たち。こうして読みあげ霜月祭りに招待するのです。神々が招待されると次は「申し上げ」。はるばるやってきた神々に五穀豊穣、商売繁盛など願いごとを申し上げるのです。そして、釜の湯が開き神々に湯を献上する「先湯」。全国の神々が秘境、遠山郷にやってきて、にわかに活気づいていく境内。
南信州にある秘境、遠山郷の下栗地区。ここに暮らす人は、およそ100人。その中で子供はわずか4人。真由美ちゃんと、妹の愛美ちゃん。2年前、下栗にやってきました。ふもとの学校に向かうには…スクールバス。急斜面の山道、子供の足ではとても通えません。そして暁くんと姉のみのりちゃん。20年前にやってきました。ソバ打ちも様になっています。姉弟2人にとって下栗は姉妹がやってくるまで他に子供がいない地区でした。毎日子供たちを送り迎えする山口さん。この地区唯一のタクシー会社を経営し、4人のお兄さん役もかねています。走ること30分。ようやく学校に到着です。上村小学校は全校生徒16人。そんな子供たちが毎年欠かさず行っていることがあります。霜月祭りで披露する舞の練習。11月から週2日、稽古に励んできました。スクールバスの山口さんは舞を伝える保存会のメンバーです。参加しているのは小3から中3まで男女14人。中には初めて舞に参加する子供もいます。衣装に着替えていつもより緊張気味。本来は大人の踊り。後継者を育てるために子供の舞が設けられました。
霜月祭りが始まって10時間。夜通し続く祭りの中、外に出て見ると…。深夜だというのに玄関があけっぱなし。祭りの間は自宅を開放して食事を振る舞うそうです。昔からのおもてなしの風習です。そんな遠山郷の昔ながらのごちそうを作って頂くことになりました。ゆでた下栗いも。皮をむいたら、そのまま串に刺して…。いろりの炭火でじっくりこんがりと焼いていきます。そこに自家製のえごま味噌をたっぷりと塗った「下栗いもの田楽」。下栗いもの濃厚な味わい、身の締まった食感そのままを頂く遠山郷の伝統食です。続いて作って頂いたのは、そばを使った郷土食。山深い地に届く海の幸と言えば昔は「塩サンマ」でした。貴重な海の幸を全て頂こうと考え出されたのが蕎麦で包んで団子にすることだったのです。外に焦げ目が付いたら灰の中でじっくり火を通します。サンマの塩気が蕎麦にしみ込んで、いい塩梅に味が整うそうです。
神と人が一体となる時が近づいてきました。禊ぎをし、その時を待ちます。午前5時。ついに始まりました。面をかぶって人は神となります。登場するのはどれも地元に祀られる神々。面の数は全部で17にもなります。人々はそれぞれの地区ごとに神々を祀り自然を敬ったのでした。それはこの里では今もごく当たり前のこと。だからこそ祭りは絶えることなく続けられてきたのです。祭りが佳境を迎えました。登場するのは、四つの面。一番水の王と二番土の王。神々が釜の前に立つと、いよいよその時。煮えたぎる湯を素手で確かめ…人々にめがけて跳ねかけるのです。湯を浴びて神も人も全ての魂の再生が図られる瞬間。続いて木の王、火の王が現れ、四つの面が揃うと神と人は1つとなります。祭りは一気に最高潮へ。そして最後、冨士天伯、金の王の登場。矢を放ち全ての災いを追い払います。こうして夜通し行われた霜月祭りが終わりました。
祭りが終わる頃、遠山郷に「山の恵み」がもたらされます。その恵みに魅せられてやってきた井野さん。猟師の深い山への知識・愛情に憧れて数年前この地に来ました。井野さんと山肉を頂く店を訪ねました。頂いたのはこの時期ならではの熊鍋です。こちらは古代より万病の薬として重宝された熊の胆。山に活かされ生きる暮らしの知恵。秘境の地は命の根源と向き合いながら暮らす場所でもありました。
あの元気な姉妹を訪ねると…2人が山で採れた胡桃で作るキビ餅のタレを作っていました。お茶で少しずつ伸ばせば出来上がりです。こちらはキビ餅作り。おじいちゃんが作ったキビとモチ米を混ぜて炊きました。そこにきな粉をまぶしていきます。おばあちゃんとキビ餅作り。下栗に越してきて初めて知ったことでした。子供たちに伝わっていく、自分達で育て作った下栗の味。
下栗地区でも霜月祭りが行われました。祭りの最初に使う水を汲む「水迎え」は子供たちの大切な役目。務めたのは、真由美ちゃんと暁くん。その水を使って姉妹のおじいちゃん達が釜を清めていきます。祭りが始まりました。小1の暁くん。今回「ちんちゃこ」という神様になってお父さんと一緒に初めて祭りに参加します。お父さんも今回初参加。相手役の「龍頭」です。人々に悪さをする龍をちんちゃこがおびき寄せてこらしめ、神の使いにしてしまうという物語です。続いて姉妹のおじいちゃんが挑戦するのはあの水の王!家族が一つとなって伝え続ける。秘境・遠山郷の「霜月祭り」。
秘境、遠山郷。そこには土地の人々と山の神々が近くにある。そんな暮らしがありました。