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2013年11月1日・2014年8月29日放送
「在る×隠岐」
その昔、高貴な人々が流されて来たという遠流の地…。島という閉ざされた環境だったからこそ育まれてきた自然に適応する力。現代の尺度では不便な場所と考えられがちですが隠岐では様々な自然の恩恵が島の人々を潤してきました。それは太古の昔から…。そんな隠岐は地球と人間の歴史が共存する場所として、今年9月ユネスコの選ぶ「大地の公園」世界ジオパークに認定されました。
隠岐は一つの島ではありません。最も遠いところで本州から80キロ。その範囲にある大小180あまりの島々の総称です。本土から見て手前に在る知夫里島、中ノ島、西ノ島の3島を「島前」といいます。後ろにある隠岐の島は「島後」。島の字を「どう」と読むのは、かつて役人が隠岐を巡回する道順から道前、道後と呼んだ名残です。隠岐は大地の歴史を一度に観察できる世界でも珍しい場所です。例えば島前の西ノ島から見下ろす風景。3つの島に囲まれた内海がまるで湖のようです。実はこの海は火山の噴火でできたカルデラ。カルデラとは火山の噴火で地下のマグマが大量に噴出し地面が陥没してできた窪地のこと。この風景はそんな数百万年前の火山活動の名残。
西ノ島の名勝天然記念物・国賀海岸。隠岐の火山活動が終息したのが約40万年前。その後海と風が浸食して作った景観です。目の前に現れた断崖絶壁…天まで波に削られた摩天崖。こうした崖はさらに削られて様々な景観を作り出します。乙姫御殿と呼ばれる岩。まるで入り口のように穴があいています。洞穴を「海蝕洞」といいます。次に向かったのは海蝕洞の未来の姿…。浸食の影響で海蝕洞の背後の地面が崩壊しアーチが残りました。「通天橋」と呼ばれています。終点はそんな岩の最後の姿。地球の数十万年の軌跡に出会える場所…何十万年かけてローソクの形になった岩。日が沈む頃、ほら灯りが灯されました。
権力闘争に敗北し隠岐に流された後鳥羽上皇と後醍醐天皇。身分の高い人物が配流された隠岐は実はとても豊かな場所でした。隠岐には様々な伝統行事や文化が残っています。後鳥羽上皇を祀った隠岐神社。後鳥羽上皇が歌に詠んだ1000年前の夜の風情を感じてもらおうとこの神社では「夜まいり」を行っています。月明かりと小さな行燈のみ。隠岐では今も夜は静かに更けてゆきます。
隠岐の伝統行事牛突きの本場所。後鳥羽上皇を慰めるために島の人々が始めたのだそうです。全国に残る闘牛の中でも最も歴史が古く、上皇亡き後は神への奉納という形で受け継がれてきました。ほかの地域の闘牛と違うのは牛の手綱をとって人がいっしょに闘うところ。手綱を取る人は綱取りと呼ばれます。逃げたら負けです。牛と一体になって喜びを分かち合う隠岐の人々…島の暮らしの中で牛はずっと無くてはならない存在でした。
隠岐ではなんと島の半分近くが牧草地。隠岐に牧草地が多いのには島ならではの理由があります。隠岐ではかつて牧の一部を開墾して畑にする「牧畑」が行われていました。農地を4つに区切り一カ所を放牧場にして4年に一度畑の土を休ませます。平地が少ない隠岐では山にも農地を広げましたが土地の痩せた山地では年々収穫は減っていきます。そこで牧畑を行って土地の回復を待ったのです。この放牧場はそんな牧畑の名残。限られた資源を有効利用する島の知恵…。
隠岐は離島でありながら古い歴史を持つ神社がたくさんあります。これは各地の勢力が隠岐に入り、それぞれの国を作って神社を創建したからではないかといわれています。隠岐にやって来た彼らの目的は島で採れる黒曜石。実はこの黒曜石。旧石器時代の遺跡で見つかる、矢じりや刃物などの打製石器に使われた石。ほかにも黒曜石の産地はありましたが特に隠岐のものは良質で古代の生活には欠かせませんでした。そのおかげで隠岐は太古の昔から文化や経済の拠点として栄えたのです。
本土から遠く離れた隠岐は天気が荒れれば飛行機も船も欠航。人はおろか物資も届かなくなります。ふつうそれは離島の欠点と片付けられがち。移住して7年半の宮崎さん。町の協力でナマコの加工品会社を立ち上げるために島に来ました。しかしそれもいまでは彼の仕事の一つにしかすぎません。稲作や畑仕事、畳作りの仕事までこなしています。この他にも漁業から民宿の手伝いまでその日に必要な仕事を行うのです。島でやれることは全て学びたい。宮崎さんがそう考えるようになったのは「じっちゃん」と慕う宇野さんとの出会いがきっかけです。家業の畳屋を営みながら民宿や釣り船を経営し、お米や野菜も自分で作り自ら漁にも出ます。やれることは全てやる島暮らしの達人。仕事中は多くを語らないじっちゃん。食卓に並ぶ全てがこの島で採れたもの。ほとんどが自分たちの仕事の成果です。じっちゃんに教わったのは自然の恵みを抱いて生きるという人間の基本。やれることはなんでもやる。そうすれば島の自然は恵みを与えてくれます。「ないものはない」。けれど生きて行くのに必要なものはすべてここに在る。人間が生きるとはそもそもどういうことか…。遥か昔からそこに在る島は私たちに人間の原点とは何かを問いかけます。
隠岐モーモードーム
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ハート岩(明屋海岸)
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摩天崖の草原
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隠岐神社
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八幡黒曜石店
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但馬屋
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