昭和偉人伝

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森光子

「日本のお母さん」と呼ばれた大女優・森光子。舞台、ドラマ、バラエティに司会と、長きにわたり活躍し続け、代表作「放浪記」では、一度も休むこと無く、89歳まで舞台に立ち続け、その上演回数は2017回に及びました。そして、女優としは初の国民栄誉賞を生前に受賞しました。

しかし、女優として主役の座を射止めたのは40歳を過ぎてからでした。10代で芸の世界に身を置き、向かえた戦争。病も患い、終戦後「森光子死亡説」が流れるほど、 一度は世間から忘れ去られた存在となりました。そんなどん底から、後の大女優・森光子は這い上がってきたのでした。

プライベートでは2度の離婚を経験。皮肉にも「日本のお母さん」は終生「母親」にはなれませんでした。そんな森光子の波瀾万丈の人生にとは!?

10代からの親友・赤木春恵、1961年上演された初演「放浪記」で共演した林与一、家族同然の付き合いだったドラマプロデューサー石井ふく子氏などから貴重な証言を得、昭和の大女優・森光子の知られざる素顔に迫ります。定着した「日本のお母さん」というイメージと、実際には家族に恵まれなかった森光子、そのギャップの狭間で彼女はどう生きたのか?人並みならぬ精神力で舞台に立ち続けた女優魂はどこで生まれたのか?それらの原点には、彼女の複雑な生い立ちと、実母の存在が深く関係していました…。