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ストーリー

8/1(金)の放送
ポール・フレール追悼スペシャル Part1

ポール・プレール

ベルギー人の両親のもとに生まれたのは1917年。初めて見たレースは9歳になった1926年のスパフランコルシャン24時間。18歳で免許証を手に入れ、半年後には母親の小さなアルミカーでジムカーナに出場。いきなり優勝。その後、F1にも乗ることになって、60年には念願のルマン制覇をフェラーリ・テルタロッサと共に果たすのである。

雑誌「カーグラフィック」とのかかわり

カーグラフィックという広く海外にも目を向けた自動車雑誌が登場したのは1962年。貪欲に先進国のクルマの情報収集に取り組み続けた。いつの日か日本もそれに追いついてみせたいと・・・。そんな時代にカーグラフィックはポール・フレール先生と出会うチャンスに恵まれる。ジャック山口こと山口京一さんが架け橋になってくれたのだ。

カーグラフィック30周年の1992年に来日

ポール・フレール先生はまた、多くの日本の自動車メーカーには明治維新の外国人教師のような存在だった。クルマの世界では「後進国」だった当時の日本では先生の最高レベルのノウハウは宝の存在であった。そして、カーグラフィック30周年の1992年、先生は日本のクルマの進化の大きさに心から喜んでおられる様子であった。