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ストーリー

7/5(火)の放送
米寿のポール・フレール(後編)

ポール・フレール

さて、今回は、カーグラフィックが師と仰ぐ世界一のモータージャーナリスト、ポール・フレール先生のお話の後編。ご覧いただく映像の多くは13年前、1992年にカーグラフィックが創刊30周年を記念して、PF先生を日本にお招きした際のものなのだが、たとえクルマは古くても、スゴウのサーキットを駆け巡ったクルマ達と先生との対話には、殊更深いものを感じてしまうのである。

ルマン優勝車と共に

1992年ベルギーでのこと。FF40/1960年ルマン優勝車にプレール氏はさっそうと乗って登場した。松任谷さんは「(フレール氏は)すべてのことを疑ってかかるというスタンスがすばらしい」とクルマ・ジャーナリストとして実際に試乗したり、調べてみたりしないと記事にしないところを絶賛。田辺さんも「年齢を重ねるほどに好奇心は絶対変わらない人だ」と褒めていた。

ビートに乗るフレール氏

ビート氏は9歳でレースの魅力に取りつかれ、18歳でレース初参加にして初優勝。戦後はモータージャーナリストとして活躍し、その傍ら60年のルマンでも総合優勝している。1992年の放送では、フレール氏はスゴウのサーキットで日本とヨーロッパのクルマを乗り比べた。左の写真では、ビートに試乗したときの模様。「ビートはアンダーステアが強すぎる」と感想を述べていた。