百年名家~築100年の家を訪ねる旅~

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大阪・船場 ~大都会に残る奇跡の歴史建築~

今回の『百年名家』は、大阪・船場。

船場は大阪城築城の際、豊臣秀吉が堺などから商人を呼び集め、城下町を作り上げて物流の集積地とした事に始まります。江戸時代には、船宿、料亭、両替商、薬種商、呉服店、金物屋などが次々に誕生し、わが国の経済流通の中心地として繁栄し、「船場商人」の名を全国的に高めました。現在でも高層ビルが立ち並び、大阪を代表するオフィス街となっています。そんな大都会に残る奇跡の歴史建築を巡ります。

オフィス街を歩く2人。すると高層ビルの谷間に挟まれるように建つ一軒の町家を発見。堺筋に面した一等地に建つこの家は、明治36年に建てられたもの。表通りに面して商いを行う店舗棟と、その奥にある住居棟、その奥に中庭を挟んで蔵へと続く「表屋造(おもてやづくり)」と呼ばれる町家形式で、明治36年、材料選びから3年の月日をかけ、技術や意匠にこだわり抜いた店舗兼住居を建てました。大阪の大空襲も免れ、阪神淡路大震災でも倒壊することなく、船場商人の生活文化を今に伝える奇跡的な大型町家となっています。店舗棟は今も現役の事務所として使われており、当時住み込みで働いていた使用人たちへの就業心得が貼られているなど、船場商人の暮らしぶりを知る重要な資料となっていました。

実は船場は、明治から昭和初期に建てられた近代建築の宝庫。そこで暫し2人は近代建築巡りの旅へ。昭和初期の大阪を代表する建築家、安井武雄の設計したユニークなビルや、東京駅や日本銀行の設計で有名な辰野金吾の事務所が設計したビルなど見どころ満載。さらに隣接している古い教会は、近江八幡など日本の近代建築に貢献したウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計監修したゴシック教会。礼拝堂を拝見すると、重厚な外観とは対照的に内部はとてもモダンなデザインになっていました。牧師のお許しを得て説教台へ上がらせていただく八嶋さん。厳粛な雰囲気を堪能した2人でした。

近代建築を拝見した2人は、再び町家を巡ります。すると、見えてきたのは幕末で有名な蘭学者、緒方洪庵が1845年に設立した私塾「適塾(てきじゅく)」。福沢諭吉を始めとした塾生たちはこの二階に住み込んで学びました。大阪市でも数少ない江戸期の町家が奇跡的に残されています。すると牧瀬さん、塀を挟んで向こう側にも大きな建物を発見。さっそく向かってみることに。 まるで大名屋敷のような建物はなんと幼稚園。現在の園舎が建てられたのは明治34年、現存する幼稚園舎としては、日本最古の建物です。しかも現役の幼稚園、園児たちが毎日通っています。大名屋敷のような外観とは裏腹に、園内に入ると西洋式の建築技術を取り入れた広大な遊技室など、驚きの造り。船場商人たちの財力と誇りをかけた建物で、幼稚園舎としては、日本で初めて国の重要文化財に指定されました。なんとすべり台までもが重要文化財。昭和6年に設置された「廻旋(かいせん)すべり台」で、今でも園児たちは遊んでいます。歴史の重みが園児たちに引き継がれていく、そんな想いが伝わってきました。

2人は最後に案内人一押しのビルを訪れました。船場の近代建築の中でもとりわけ異彩を放つ建物で、昭和2年(1927)に建設。意匠設計は本間乙彦という建築家で、1911年のマチュピチュ発見により、当時アメリカで起きていたマヤ・インカブームの影響からか、ビルの至る所に古代中南米の意匠が施されています。現在ではおしゃれなテナントが入り、船場の注目スポットとなっています。内装の活かし方は各テナントそれぞれ。レリーフや、金庫室、壁などを上手く取り入れ、見ているだけで楽しめます。若い世代にも受け入れやすい素敵な空間づくりをしている建物でした。

今回は、歴史建築を現役で活用し続けることで、都市と歴史が一つにつながる、そう感じた旅でした。