うたの旅人

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初回放送:2010年3月5日「なごり雪」





♪今 春が来て君はきれいになった 去年よりずっときれいになった♪この淡く切ない告白がリフレインされるとき、苦い青春の1ページを紐解いて思い出に浸る人もいることだろう。名曲「なごり雪」は少女から女へ脱皮する少女との淡い別れをうたって、春の定番の歌となった。今回はこの歌にまつわる秘話をめぐり九州・大分へ旅をする。

春。さまざまの別れが交錯する。伊勢正三、第2期かぐや姫のメンバーである。「なごり雪」が生まれるきっかけは、「神田川」のヒットのあとの1973年秋のことであった。リーダーの南こうせつさんが、かぐや姫の活動を3階建てにしようと提案した。3人が対等に活躍しようという意味だった。伊勢さんも2曲を作詞作曲することになったのだ。伊勢さんにとって初めてのチャンスだった。伊勢さんは大分県津久見市の出身、高校は大分市の大分舞鶴高校。応援団の勧誘を逃れるためとっさに入ったクラブが音楽部。部長が南こうせつさんであった。大分舞鶴高校は当時遠隔地の生徒のための寮があり、週末は自宅の津久見へ帰る生活であった。しかし伊勢さんは厳格な校風になじめず、日曜の夜、汽車で寮に戻るのがいやでたまらなかった。ホームでの別れがつらかった。このときのモチーフが「なごり雪」につながった。しかし、この歌はその後以外な展開を見せる。1975年かぐや姫は解散。「なごり雪」は宙に浮いた。このとき、"イルカに是非歌わせたい"と名乗り出たのがイルカさんの夫・故神部和夫さんであった。イルカさんは19歳で神部さんと結婚、夫婦でデュオを組んで活動していた。1974年、イルカさんはソロ活動を始め、神部さんはプロデューサーとしてイルカさんを支えた。ソロとしてのお祝いにかぐや姫の3人が歌をプレゼントしてくれた。イルカさんはかぐや姫の舞台で一緒に歌う仲であった。ソロデビュー作は伊勢さんの「あの頃のぼくは」であった。伊勢さんの歌がイルカさんの雰囲気にあったからである。イルカさんは「なごり雪」を歌うことにためらいがあった。かぐや姫の名曲を今の自分では恐れ多くて歌えない。
しぶしぶ連れて行かれたスタジオで、伊勢さんに言われた。"「なごり雪」が好きなら歌えばいい。そしたら僕はうれしい、好きなように歌えばいい"と。歌うつもりはなかったからちゃんと練習をしていなかった。音符ではなく言葉を追って歌った。後で聴くと原曲の「きれいになった」が「きれいにーなった」と1拍分多くなっていた。
イルカの「なごり雪」の誕生であった。今イルカさんはステージでは「なごり雪」を2度歌う。アンコールが2度目。そのとき会場が100%、大きな声で歌うという。
伊勢さんが生み、イルカさんが育て、そして「なごり雪」はみんなの歌となった。
伊勢さんの「なごり雪」とイルカさんの「なごり雪」。時は流れ2002年、この歌のたった1拍の違に注目した映画監督がいた。大林宣彦さんである。キーワードは断絶。伊勢さんの歌う1拍少ない「なごり雪」。「君はきれいになったが、もう僕とはいっしょにはいない」断念の気持ちだという。1970年代の日本は高度成長時代。モノとカネがあれば幸せになれると人々は信じた。しかしモノとカネを得た代わり失ったものも大きいと大林さんは映画で表現した。今、季節は別れのとき。「なごり雪」がそれぞれの想いをこめて流れるだろう。伊勢さんはいう。"今思えばこの歌は僕にとって旅立ちの歌だった"
♪ふざけすぎた季節のあとで 今春が来て君はきれいになった 去年よりずっときれいになった♪