SHISEIDO presents エコの作法
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2013年9月6日・20日放送
「求める×おくのほそ道」 

「月日は百代の過客にして、行きかう年も また旅人なり」
松尾芭蕉の『おくのほそ道』はこのように始まります。今から三百年余り前、芭蕉は東北へ向かいました。車はおろか鉄道さえない時代に、旅は過酷を極めたはずです。そのころの「みちのく」は遠く遙かな別世界…万葉の昔から、先人たちはまだ見ぬ景色を想像し、名所旧跡の数々を和歌に詠み込んできました。…歌枕です。歌枕となった地を、是非、自分の目で見たい…芭蕉はそう考えたのです。俳諧師として名を成しながら、旅は恐ろしく質素だったといいます。身を捨てる覚悟の旅先で、幾つもの名句が生まれました。松尾芭蕉は江戸時代はじめ、1644年に伊賀の国に生まれました。現在の三重県伊賀市です。早くから俳諧の道を志し、やがて江戸に出て広く知られるようになりました。当時みちのくとは文字通り「道の奥」でした。けれどそこには多くの歌人が題材にしてきた歌枕の地が数多くあります。旅をすみかとし、旅の途上で死んでいった先人への憧れ…あの西行法師などが詠んだ歌枕の地に引き寄せられたのです。

芭蕉が「おくのほそ道」の旅に出たのは1689年の春でした。伴ったのは門弟の曽良ひとり。江戸深川を出て一路北へ…芭蕉の旅は平泉から日本海へ抜け、岐阜の大垣に至る約2400キロ、…150日に迫る行程でした。とりわけ芭蕉が楽しみにしていたのは、宮城県の松島…歌枕としての松島は芭蕉が恋い焦がれた名勝でした。天橋立、安芸(あき)の宮島と並び、日本三景のひとつに数えられる松島。大小260を越える島々には、いずれも松の木が生えています。これが松島の名の由来とか…。松島湾は、東西南北、見る場所ごとに趣が変わり、「松島四大観(まつしましだいかん)」などと呼ばれてきました。松島の眺望を満喫し、芭蕉は瑞巌寺を訪ねました。本堂などの国宝建築は、芭蕉がこの地を訪ねる90年ほど前に完成したものです。豪華絢爛な襖絵…あるいは、御成門の彫刻に芭蕉は圧倒されたに違いありません。松島の名勝、雄島もまた芭蕉が憧れてきた歌枕の地です。この島は古くから僧たちの修業の場でした。広がっていたのは岩を掘り抜いた岩窟の墓です。浄土での往生を願った穴が、50余り…。岩肌には、仏像や卒塔婆が刻まれていました。中世の松島はそれ自体が大きな霊場でもあったのです。そういえば「松島や、あぁ松島や、松島や」…皆さんもご存知ですよね。これは芭蕉の作ではありません。感動の余り一句も詠むことも出来なかったのです。でもそのおかげで「おくのほそ道」における松島の余韻はひときわ深くなりました。

松島を越えて平泉へ。芭蕉の時代から遡ること500年近くそこは奥州藤原氏が栄華を極めた地です。その中でも高館の丘は源義経が自ら命を絶った場所でした。芭蕉が、ここ高館を訪れたのは、義経が妻子とともに亡くなったちょうど500年後のことでした。義経終焉の地で芭蕉は強く心を揺さぶられます。人の世の儚さとその営みを呑み込んで、緑鮮やかに広がる大自然…。「おくのほそ道」の中でも名高い一句が、ここに生まれました。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」
諸行無常…一切の無駄をそぎ落とした十七文字は私たち日本人の美意識を見事に映しています。平安末期、鮮やかな文化が花開いた平泉…。草むす高館の丘に心奪われた芭蕉は昔日の面影を宿し続ける寺院にも息を呑みました。…中尊寺です。当時の姿を今にとどめる国宝、金色堂は風雨を避ける「さや堂」の中。芭蕉が目にした金色堂も周囲に囲みがもうけられ守られていました。外壁に囲まれた金色堂は降り注ぐ雨に濡れることもなく、後の世に残されました。東北には、かつて芭蕉が目にした風景とほとんど変わらない景色が今もあります。芭蕉は、平泉を後にして険しい山越えの道を行きます。

「閑さや 岩にしみいる 蝉の声」
誰もが知っている一句は土地の人に勧められて訪ねた山寺で生まれたのです。山寺の名で親しまれてきた宝珠山立石寺は、切り立った山に幾つも伽藍が配されたみちのくの霊場です。芭蕉にとってそこは旅の予定にはなかった場所です。けれど、この山寺に立ち寄ったことで今も人々に親しまれている一句が生まれます。季節は夏。断崖には蝉時雨が降り注いでいました。一帯は火山灰が降り積もった凝灰岩の岩山です。雨や風に浸食された岩肌がうるさいほどの鳴き声を和らげるクッションになりました。

命がけとも言える旅を終えた4年後芭蕉は世を去ります。歌枕を通して日本の美意識を見つめ直した芭蕉は身を捨てるような旅によってその世界を確立したのです。思えば俳句とは捨てて捨てて、捨てきったところに浮き上がる究極のエコ文学…なのかも知れません。

宮城県 松島/雄島

〒981-0213
宮城郡松島町松島海岸

瑞巌寺

〒981-0213
宮城県宮城郡松島町松島字町内91
TEL:022-354-2023

http://www.zuiganji.or.jp/

高館義経堂(毛越寺)

〒029-4102
岩手県西磐井郡平泉町大沢
TEL:0191-46-2331(毛越寺)
TEL:0191-46-3300(高館義経堂)

http://www.motsuji.or.jp/gikeido/

関山 中尊寺

〒029-4102
岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
TEL:0191-46-2211

http://www.chusonji.or.jp/

宝珠山 立石寺

〒999-3301
山形県山形市山寺4456-1
TEL:023-695-2843

http://www.rissyakuji.jp/

ダニエル・カールさん


<プロフィール>
1960年 アメリカ・カリフォルニア州生まれ。高校時代に、奈良県・智弁学園に交換留学生として初来日。パシフィック大学時代に、関西外語大学に留学。1981年 大学卒業後、文部省の教育指導主事の助手として山形県に赴人し英語教師に。その後、通訳・翻訳会社の経営を経てタレントに。流暢な山形弁で人気者になる。