ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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5月28日(土) ゲスト:阪本順治 (映画監督)

映画監督の阪本順治。インタビューの舞台は映画の試写室。公開前の映画作品が初めて人の目に触れる場所だ。阪本いわく“裸にされる場所”で、インタビュアーの編集者・舘野晴彦が、阪本の「裸の履歴書」に迫る。
1958年、大阪府堺市生まれ。実家は仏具店で、その目の前には映画館があった。幼いころからその映画館に無料で出入りし、映写室にも入れてもらっていたという。そして、阪本少年は、徐々に映画がどのようにできているのか、ということに興味を持ち始める。そんな中、祖父の弟から8ミリカメラを借り、慰問に訪れた当時の皇太子ご夫妻(現在の天皇、皇后両陛下)を撮影する機会が訪れる。それが阪本にとって、初めての作品となった。
中学では映画研究会で編集を覚え、高校では文化祭で自主映画を撮り、脚本も書くなど、そのころにはすでに映画監督という仕事を意識していた。そんな時に影響を受けたのが、巨匠・大島渚監督だった。大島のデビュー作「愛と希望の街」は、それまで阪本が見てきたハッピーエンドとは正反対の、バッドエンドの作品だった。こんな終わり方があっていいのか、と衝撃を受けるも、作品からは作家の顔や意思を感じることができたという。
横浜国立大学に進学し、新聞部で映画の上映会をしたり、エキストラ会社に入って現場を体感する日々を送るも、一念発起して大学を中退、助監督として働き始める。下積み時代を過ごし、1989年、30歳の時に「どついたるねん」で映画監督デビュー。主演に抜てきしたのは、当時俳優として実績の無かった赤井英和だった。当時、役者として無名の赤井英和をなぜ主役にしたのか? その意外な理由、そして成功したワケを語る。本作は、公開前の評価は低かったものの、口コミで評判を呼び、ブルーリボン賞を受賞。監督・阪本順治の名は、瞬く間に広まっていった。
これまでの阪本の作品の中には、社会問題を扱ってきたものも多い。硬派な社会派ネタを映画に昇華させることについて、「映画は目に触れないものに光をあてて見せるもの」と、独自の思いを明かす。金大中拉致事件を題材にした「KT」での尾行経験、タイの臓器売買や幼児売春を扱った「闇の子供たち」での壮絶な撮影秘話とは?
さらに、今年6月公開される新作「団地」では、日本アカデミー賞ほか映画賞を総なめにした「顔」以来、16年振りに舞台女優・藤山直美とタッグを組む。阪本のオリジナルの脚本となる本作の題材は、一体どのようなものなのか? そこには、阪本自身の生い立ちが深く関係していた。また、20年もの長きにわたって追い続けてきたボクシング元世界チャンピオン辰吉丈一郎の長編ドキュメンタリーの裏話についても思いの丈を語る。

5月29日(日) ゲスト:佐伯チズ (美容家)

美容家・佐伯チズ。
戦時中の1943年、旧満州で生まれる。終戦前に父の実家の大分へ、その後、母の実家の滋賀へと移り住む。しかし、父・母ともに家には寄り付かず、佐伯は母方の祖父母に育てられた。この時、祖父から教わった「手は最高の道具」という言葉が、今日の佐伯に大きな影響を与えているという。
“美”に目覚めたのは、中学1年生の時。映画雑誌でオードリー・ヘプバーンを見て衝撃を受け、彼女に近づこうと独自の美容法を試していたという。
中学を卒業後、大阪で料理屋を営む伯母のもとに住み込み、高校へと通う。高校を卒業し、大阪の光学機器メーカーに就職したが、美容への思いを断ち切れず、20歳で東京の美容専門学校へ。その後、東京の美容室で働くことに。しかし、24歳の時、大阪の会社の上司と結婚。憧れの美容の仕事を辞め、結婚に至ったのには、どのような経緯があったのか?
結婚を機に大阪に居を移し、フランス生まれの化粧品メーカー「ゲラン」に就職。この時、お客さまとのやり取りがきっかけとなり、佐伯の代名詞ともなった“ローションパック”の原型が生まれた。その誕生の経緯を、当時のエピソードとともに語る。
充実した仕事と幸せな結婚生活。しかし、夢のような時間は長くは続かなかった。40歳の時、夫に肺がんが発覚、余命3カ月の宣告を受ける。彼女は仕事を辞めて看病に専念するも、夫はその1年半後、52歳の若さで亡くなった。
最愛の夫を亡くした後、クリスチャン・ディオールに再就職。美容部員の教育体系を作り売り上げを伸ばすと、佐伯は帝国ホテル内にオープンしたエステサロンを任される。すると、独自のメニューや施術が評価され、予約がとれない“ゴッドハンド”と呼ばれるまでに。ディオールを定年退職した後は、自らのエステサロンを展開。同時に独自の美容法をまとめた本を出版すると、それが世の女性の心を捉えてベストセラーに。一躍時の人となった佐伯のサロンには予約が殺到し、3000人のキャンセル待ちという盛況ぶりだった。そんな大人気の佐伯流マッサージを、今回披露してもらう。
60歳から注目を集めるようになった第2の人生。今も変わることなく精力的に活動を続ける。そんな佐伯の、これからの夢とは?
インタビュアーは、編集者の石原正康。佐伯が2003年にクリスチャン・ディオールを定年退職した際、本の取材で対面したという2人。過去を知る石原だからこそ語ってくれた、佐伯の本音とは?
年齢を重ねるごとに輝きを増す、佐伯チズ。そんな“美のカリスマ”の成功の秘訣(ひけつ)に迫る、価値ある60分!