ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~
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4月18日(土)ゲスト:中田英寿
サッカー元日本代表の中田英寿。そしてインタビュアーは、月刊ゲーテ編集長・舘野晴彦。中田と舘野には18年来の深い付き合いがある。メディアの前では多くを語らず、寡黙なイメージがある中田。親友・舘野だからこそ聞きだせる「中田英寿のいま」。これまでのイメージを覆す饒舌な中田英寿、38歳の素顔が見えてくる。
引退した今も、これほどニュースで伝えられるサッカー選手はいただろうか?最新のファッションに身を包み、高級ブランドのセレブパーティーに姿を見せるときもあれば、仕立ての良いスーツ姿で霞が関の会議に出席することもある。時には、蹴鞠姿で京都の下賀茂神社に現れる。まさに神出鬼没で変幻自在…。「人生は旅である」と語り、第二の人生を歩み出した中田英寿。いったい中田英寿とは何者なのか?
振り返れば現役時代の中田英寿は、栄光を欲しいままにしてきた。日本サッカーを初めてワールドカップ出場に導き、イタリア・セリエAに移籍したデビュー戦で2ゴールの鮮烈デビュー。そして名門・ローマに移籍し、日本人で唯一世界最高峰のプロサッカーリーグで優勝を経験。日本中が中田の活躍を見つめ、そして、その活躍をマスコミが追いかけた。だが、多くを語らない中田とマスコミの間には、いつもヒリヒリとした緊張感があった。
今回、頑なに自分自身を語ることを避けてきた中田英寿が、現役時代のこと、そして新しい人生の事、さらにプライベートなことまで全てを語る。
1998年、イタリア・ペルージャへの移籍問題でゆれる中、行き過ぎた取材をするマスコミと衝突。中田は記者に対して「虫けら・うじむし」発言した。今回のインタビューで「問題発言」を振り返る…。「いまでも悪いとは思っていない」という中田、その思いには、中田がサッカーにかけた壮絶な覚悟が秘められていた。
引退後中田は、知見を高めるために世界に旅へ出た。100以上の国を巡り、その地のの文化を学び、現地の人々とサッカーを通じで触れ合ってきた。しかし、その道中で中田はあることに気付いた…。「母国である日本のことを全く知らない自分がいる…。」そして中田は決意した、「日本の全てを知る人物になる」。それが第二の人生と目標を定めた。そのために労を惜しまず、いま日本中を旅している。
そして今年7月から始まる、イタリアミラノ博で、中田は日本の魅力を発信するイベントを開催する。果たして、「中田が見たニッポンの魅力、そして、伝えたいニッポン」とは…。
さらに、舘野だから切り込める中田英寿のプライベート!最近始めたゴルフのこと。妥協を許さない完璧主義の男ならではのゴルフ哲学が!ファッションへのこだわりは…。「俺はかっこつけたがり」ビックリ発言が飛び出した!いまでも「ガラケー」を使う理由は…。「便利すぎるモノは人を退化させる…」いまだ健在!38歳になった「中田語録」。ストイックな人生哲学とは。