ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~
バックナンバー
5月17日(土)ゲスト:三國清三
日本を代表するフランス料理シェフ・三國清三。 料理人生44年、今年の7月に還暦を迎える彼が、今回、その半生そして現在を、「前菜=幼年期」「魚料理=海外修行期」、「肉料理=時代の寵児と呼ばれた青年期」「デザート=現在」をコース料理として表現する! その料理を食し、インタビューするのは、月刊ゲーテ編集長 舘野晴彦。三國と は、30年来の付き合いだという。果たして、「三國の人生フルコース」とは?
15歳で料理人を志し、札幌グランドホテルにて修業を始めた三國。約3年という短期間で鍋洗いのバイトから料理人として頭角を表したという。 しかし、東京の帝国ホテルに移ると、再び2年間に及ぶ鍋洗いの毎日。 チャンスが巡ってこず自暴自棄になった時期もあった三國だったが、後に地道な努力が認められるようになる。
1974年、わずか20歳で駐スイス日本大使館の料理長に就任。勤務のかたわら現地の三ツ星レストランで修業を重ねた三國は、大使館退任後もヨーローッパを巡り修行を続けた。
そして1985年、東京・四ッ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」を開店。 和の素材や調味料を使った、三國の斬新な創作フランス料理がテレビや雑誌などで注目され「時代の寵児」と呼ばれるようになる。 保守的な日本フランス料理界からの反発もあったが、1999年、フランス・ボジョレーにて世界5大陸トップ・シェフ5人の1人に選ばれた事で、誰もがその実力を認めた。
そんな三國が還暦を迎える現在、何を思うのか? インタビュアー舘野晴彦が、「三國の人生フルコース」を食しながら、知られざる素顔に迫る!
5月18日(日)ゲスト:宮内義彦
今年、創立50周年を迎えるオリックス。そんな中、6月の株主総会後に、経営の第一線から退くことが発表された、宮内義彦会長。
わずか13人からスタートした小さなリース会社を、今や従業員2万人を超える大企業へと成長させた宮内会長。 リース業から始まった事業は、50年の時を経て多角化路線を進み、現在では、レンタカーや保険はもちろん、最近では、水族館や旅館の運営などにも幅を広げている。
宮内会長の経営の原点は、9歳の時に経験した敗戦。一夜にしてこれまでの価値観が一変したあの体験から、権力や政府に対して疑問が芽生えた。そこから、現在も常に停滞することなく、新規事業にチャレンジするというオリックスのスタイルが生まれたという。
1989年にはプロ野球、阪急ブレーブスを買収。1995年には阪神淡路大震災で被害を受けた神戸の街を励ましたいと「がんばろうKOBE」を掲げ、見事リーグ優勝を果たした。ちょうどその時、全盛だったイチロー選手。入団から大リーグ挑戦までの秘話が明かされる。
そして宮内会長を一躍有名にしたのは、1991年から政府の委員に入り、時には役所と対立しながらも規制改革を訴える姿。特に、小泉政権時代は、規制改革会議の議長として尽力した。しかし規制改革には、派遣労働者などが増え所得格差が広がったという指摘もある。あれから約10年、今の日本を見て宮内会長は何を思うのか…。
インタビュアーは、タレント、エッセイストの小島慶子。オリックス・バファローズの本拠地、京セラドーム大阪を舞台に、宮内会長の本音に迫る!