昭和偉人伝
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山下清
「放浪の天才画家」山下清。ランニングシャツに短パン。「裸の大将」として広く世間に知られている山下清ですが、あれはあくまで映画やドラマのお話。 現実の天才画家は、"おしゃれ"で"おしゃべり"でとても"几帳面"な人物だったと言います。毎日の生活も仕事もきちんと計画を立てて、その通りに行う。それは「放浪」においても同じこと。一見自由気ままに見えた旅は、実はきちんと計画された旅だったのです。 本人曰く「日本を5周したぐらいは歩いた」という放浪。大好きだという「花火」をはじめ多くの景色を見に行きました。そして、彼が見た景色が、のちに山下清の代名詞でもある「貼り絵」として世に出てきます。緻密で繊細、それでありながら力強さをも感じる山下清の「貼り絵」。昭和30年代には、この貼り絵と山下清の人柄が人気を呼び、一大ブームを巻き起こしました。展覧会を開けばどこも大入御礼。サイン会ともなれば長蛇の列。しかし、有名になれば、なるほど山下清には、ある思いが強まっていきます。・・・放浪にでたい!! 49歳という若さで亡くなった、「放浪の天才画家」。彼は「なぜ放浪を続け?」「なぜ貼り絵を残したのか?」清の甥っ子である山下浩さんをはじめ、清が放浪先で出会った人、風景を辿ることで、その答えが見えてきました。