うたの旅人

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初回放送:2010年6月11日「故郷(ふるさと)」





兎(うさぎ)追ひしかの山 小鮒(こぶな)釣りしかの川―― 「故郷」に歌われた風景は長野県永江村(現・中野市)だという。作詞した国文学者の高野辰之が幼少期を過ごした土地だ。だから、歌詞に山や川はあっても、海は出てこない。

大正3年(1914)に文部省小学校唱歌教科書編纂委員だった高野によって作られ、「尋常小学校唱歌」に掲載された「故郷」は、第二次世界大戦の頃を除き、現在まで小学校の共通教材になっている。高野辰之にとっての故郷、長野の景色が、およそ一世紀にわたって我々の頭に刷り込まれ、日本人の「故郷」の共通イメージになったのだ。

「故郷」のほか「春が来た」「春の小川」「朧月夜(おぼろづきよ)」「紅葉(もみじ)」――これらすべて高野作詞、岡野貞一作曲である。日本人が心に描く"日本の原風景"は、この二人のコンビで作られた。国語学者の金田一春彦に「日本人に、日本に生まれてよかった……という自覚を持たせた詩人といったら高野博士が一番だと思う」と言わしめた彼の唱歌が、これほどまでに長く、広く日本人に受け入れられた理由は何なのか?その理由を追って、長野県中野市を旅する。

唱歌研究家・奈良教育大の安田寛教授は言う。「『故郷』のゆったりした3拍子のリズムは賛美歌を受け継いだ」と。一方で「アジア各国では宣教師が普及させた讃美歌が伝統的な音楽を駆逐したが、日本では賛美歌の影響を受けながら唱歌という新しい形の歌を誕生させた」と、当時の音楽教育を評価する。

賛美歌が賛美するのは「神」だが、日本で伝統的に賛美されてきたのは「自然」である。

日本人は「故郷」を歌いながら、自然を賛美しているのかもしれない。