小堺一機のすうぃんぐ人生

過去のすうぃんぐなゲスト

東国原英夫 宮崎県知事 (初回放送:2008年1月16日(水)・2008年6月14日(土)放送)

宮崎県知事・東国原英夫さんが登場。
司会の小堺一機とは、ともに、テレビ番組のオーディションコーナーからプロのタレントになった同士。
その後、ビートたけしさんの下、芸能界で活躍し、様々な紆余曲折を経て、芸能界から政治の世界へと舞台を移した東国原さん。
今や日本で最も支持率の高い政治家となった東国原知事のすうぃんぐな人生に迫ります!

東国原さんが、政治の世界の扉を叩いたきっかけは、地方がだんだん体力をなくしていく中、愛するふるさと「宮崎」が、疲弊していくのを看過できなかったから。
宮崎再生の熱い思いを胸に、ふるさとのために人生をかけることを決心したのだと語ります。
その日常は激務。まさに寝る間もないのだと言います。
そんな中、精力的にメディアに出演するのは、ある目的から。
政治の基本は、学校、家庭、通学路etcそんな身近なところに気付き、改善していくこと。だからこそ政治にとっての、最大の敵は国民の「無関心」。 知事の狙いとは、お茶の間に本当の意味で政治を根付かせることなのだそうです。
そんな知事から聞く政治の話は、わかりやすく、新鮮そのもの。 どんどん政治の世界に引き込まれていきます。
東国原さんが知事に就任後、マスコミから取り上げられることも多い宮崎県政。
人は他人に見られることで、キレイになるのと同じように、宮崎の政治も、全国から注目されることで、次第にキレイになってきているといいます。

そんな名実ともに宮崎一のPRマンである東国原さんが、スウィングする曲・すうぃんぐnumber1に選んだのは、『宮崎てげてげ音頭』。 これは、自身が作詞を手掛けた、宮崎のPR曲。宮崎のお国柄がよく表れている「てげてげ」の意味とは果たして?

さらに、大爆笑の「宮崎県CM製作裏話」、「定例記者会見拒否騒動」の真相も必見。
そして、師匠たけしさんからもらった心温まるメッセージ、知事をサポートするために、宮崎に移住してくれた朋友・大森うたえもんさんとのエピソードなど、ここでしか聞けない話も満載です!

現在、恋をすることも、大好きなジョギングをすることもできないほどの、多忙な日々を送る東国原さん。
「もう正直、気力、体力ともに限界です」と語りながらも、その表情には希望と自信がみなぎっていました。

そんな東国原英夫さんに贈る、小林香織の今宵のナンバーは、南国宮崎と陽気な知事をイメージして選曲した「テキーラ」。
その心踊る演奏にも是非ご期待ください!

【経歴】  
1957年 9月16日 宮崎県都城市生まれ
1980年 専修大学経済学部卒業
CX「笑っている場合ですよ!お笑い君こそスターだ!」でチャンピオンになる。
1982年 ビートたけし(ツービート)の一番弟子となる。
二番弟子の大森うたえもんと漫才コンビ「ツーツーレロレロ」を結成。
1983年 ツーツーレロレロで、NTV「お笑いスター誕生」で金賞受賞。
同時期に「たけし軍団」を結成。
1987年 著書『ビートたけし殺人事件』がベストセラーに。
翌年、本著がTBSでドラマ化。女優かとうかずこと共演。
1990年  かとうかずこと結婚。一男一女をもうける。
1994年 初マラソン(オーストラリア・ゴールドコーストマラソン)参加
2000年 早稲田大学第二文学部入学 早稲田宮崎県人会サークル等に参加
2004年 早稲田大学第二文学部卒業
早稲田大学政治経済学部入学
2006年 かとうかずこと離婚
早稲田大学政治経済学部退学
2007年 第17代宮崎県知事選挙(無所属)当選。有効票数は266,807票。

東国原英夫のすうぃんぐな一曲 
(初回放送:2008年1月16日(水)・2008年6月14日(土)放送)

「宮崎てげてげ音頭」
知事が作詞を手掛けた、宮崎県のPR曲

エンディング曲

エンディングでは、今宵のゲストのイメージを、小林香織がある曲で奏でます。
「テキーラ」
演奏:小林香織&すうぃんぐバンド

荒俣宏 (1月23日(水)・2月6日(水)放送)

荒俣宏さんがすうぃんぐ人生に登場。
主だったものだけでも、作家、翻訳家、幻想文学・博物学・オカルト学研究家、評論家、風水研究家、日本文芸家協会、日本SF作家クラブ、路上観察学会、世界妖怪協会会員、玉川大学客員教授・・・etcと数知れない肩書きを持つ荒俣さん。知らないことなどきっと何もないのでは? と思わせるほどの知の巨人・荒俣さんのすうぃんぐな人生に迫ります!
子供の頃からの無類の本好き。
その延長で作家になったという荒俣さんは、すでに大学時代からプロのライターとして活躍。就職後も二足のワラジを履き、ペンネームを使って書き続けていたといいます。
ライターをはじめてから今年で40年。常に新しいテーマをみつけて、その専門家になっていくため、その肩書きは増える一方!さらに、圧巻なのは、所蔵する本の量。現在の自宅は、キッチン以外はすべて書庫。本につぎ込んだお金はなんと3億円を超えるのだとか。
好奇心の塊のような荒俣さん、興味がつきることがないので、「死ぬまで楽しめる」といいます。

そんな、荒俣さんが選んだ「すうぃんぐnumber1」は、今や廃盤となってしまったHAPPY GO LUCKYの名曲「追憶」。そこには、自身の人生観に通じる「あきらめの哲学」が入っているのだと言います。
幻の名曲に、是非ご期待ください!

そして、荒俣さんが最も尊敬するのが、先輩の水木しげるさん。
作家でありながら、「幸せ研究家」でもある水木しげるさん。その持論は、「幸せになるには、幸せ感度を下げること」。そうすれば、もっと日常に感激でき、幸せ感が増すのだそうです。そうした水木さんの幸福論を聞いている時間こそが、今、荒俣さんにとって最もすうぃんぐできる幸せな時間なのだそうです。

そんな荒俣さん流の人生を楽しむ極意が満載の30分。
どうぞお見逃しなく。

【経歴】  
1947年 生まれ 東京都上野出身
1970年 慶応大学法学部を卒業後、日魯漁業(現ニチロ)入社。
コンピューター室に10年間勤務する傍らで、雑誌「怪奇と幻想」を編集。
1979年 日魯漁業退社。フリーの翻訳家として独立。
1987年 初めて発表した大河小説『帝都物語』(全十巻/角川書店)が350万部のベストセラーとなる。この作品で、第8回日本SF大賞を受賞。
1989年 「世界大博物図鑑第2巻・魚類」でサントリー学芸賞受賞。
1994年 「世界大博物図鑑」(全5巻・別巻2、平凡社)が完結。

荒俣宏のすうぃんぐな一曲 (1月23日(水)・2月6日(水)放送)

「追憶」
今や廃盤となってしまったHAPPY GO LUCKYの名曲。

エンディング曲

エンディングでは、今宵のゲストのイメージを、小林香織がある曲で奏でます。
「雪(童謡)」
演奏:小林香織&すうぃんぐバンド

井筒和幸 (2月13日(水)・2月27日(水)放送)

映画監督・井筒和幸さんが登場。
高校時代、映画「イージー・ライダー」を観てショックで寝込み、1週間学校を休んだという井筒監督。
以後、授業をサボっては街の小さな映画館に入り浸り、タバコの煙が充満する中でたくさんのアメリカ映画を観て育った井筒監督は、まさしく映画少年がそのまま大人になったような人物。
芸能界きっての映画ツウ・小堺一機と映画談義に花が咲きます。

怖~いイメージを持たれている井筒監督ですが、本人による人物評は「穏やかな人間」なのだとか。しかし、仕事となれば、そこは昔ながらの映画人!厳しくなるのは当然。現場では怒号を飛ばす、想像通りの怖い人になるそうです。映画監督の仕事とは、シナリオという設計図にそって組み立てていくだけの、「現場監督」のようなものと語る井筒監督。しかし、当然現場ではシナリオ通りにいかないことが常。毎回違う現場なので、手本も参考書もない世界。経験を重ねようとも、いつも手探りで、自分の演出が正しいのか試行錯誤を繰り返すのだそうです。
それは、「経験が役に立たない仕事」。実はこの井筒監督が語った言葉は、奇しくも、萩本欽一さんが小堺一機に教えてくれた言葉と同じなのだとか。楽しみでもあり、苦行でもあるという監督の仕事。暗中模索を続ける中で、井筒監督にはふと「映画の神様」に出会える瞬間があると言います。それは、突然に演出の正解が見つかる瞬間。
「これだ!」という演出を発見できた時、監督は最高の幸せを味わうのだそうです。

そんな井筒監督がスウィングする曲・すうぃんぐnumber1に選んだのは、高校時代によくラジオから流れていた『悲しくてやりきれない/ザ・フォーク・クルセダーズ』。
人は楽しく生きているのではなく、悲しんで生きているという、井筒監督の人生観が詰まっているこの曲は、今でも、自然にふと頭に浮かぶのだそうです。

特に趣味を持たない井筒監督。
「それよりも、映画のことを考えたり、世の中のいろんなことを思索していたほうがよっぽど楽しい」という監督にとって、唯一趣味と言えるのが、「人間観察」。その理由は、自然な演技の勉強になるからだとか。どこまでも映画一筋の監督です。

そんな井筒監督が、今最も興味をもっている映画のテーマが、「若者たちの生態」。
ある調査で、「70%の若者が来世を信じている」という事実を知り、驚愕したのがキッカケだったと言います。これまで、過去の若者を描いてきた井筒監督にとって、現在の若者の姿を描くのは初めての試み。
果たして、どんな映画になるのでしょうか?
今から楽しみです。

さらにでき愛する1人娘についても語ってくれました。
その意外な教育論とは果たして?
井筒監督の人柄が伝わってくる貴重な30分に、どうぞご期待ください!

【経歴】  
1952年生まれ 奈良県大和郡山市出身
75年 ピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」を監督。
81年 映画「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。
84年  映画「晴れときどき殺人」を監督。
85年  映画「二代目はクリスチャン」を監督。
86年 映画「犬死にせしもの」を監督。
96年 映画「岸和田少年愚連隊」を監督。
98年  映画「のど自慢」を監督。
03年  映画「ゲロッパ!」を監督。
04年  映画「パッチギ!」を監督
映画「ピンクリボン」を監督
07年  映画「パッチギ! LOVE&PEACE」を監督
  『岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS』でブルーリボン賞作品賞を受賞。『パッチギ!』でも2度目のブルーリボン賞作品賞を得るなど、多くの映画賞を受賞している。  

井筒和幸のすうぃんぐな一曲 (2月13日(水)・2月27日(水)放送)

「悲しくてやりきれない」

エンディング曲

エンディングでは、今宵のゲストのイメージを、小林香織がある曲で奏でます。
「Born To Be Wild」
演奏:小林香織&すうぃんぐバンド

高橋ジョージ (2月20日(水)・3月12日(水)放送)

高橋ジョージさんが登場。
小学3年生ですでにバンドを組んでいたという、高橋ジョージさんのロックン・ロール人生に迫ります!

収録を終えて、小堺は「ジョージさんは、アメリカで食べたパストラミサンドのような人だった」と語りました。
それは、ボリュームたっぷりで、様々な魅力がつまっているという意味。
その生き様はまさにロックン・ロール!
エルヴィス・プレスリーとジョン・レノンに影響を受けたジョージさんが、本格的にギターをはじめたのは、両親の離婚した12歳のとき。寂しさを紛らわすためでした。
高校を、3度退学。その後単身、宮城を出て東京へ向かいます。
当時出会ったのが、あの矢沢永吉さん率いる「キャロル」。
矢沢さんに憧れ、追っかけをしているうちに、顔を覚えてもらい、手伝いをさせてもらえるようになったのだといいます。
「音楽の世界は勝てば官軍。実力次第で先輩後輩の関係であっても上下関係が逆転する世界」なのだと教えてくれた矢沢さん。当時の矢沢さんとの貴重なエピソードもたっぷり聞かせてもらいました。
ジョージさんはその後、後に結成するバンド「トラブル」の前身となる、安岡力也さん率いる「力也&クロコダイル」バンドへ参加。

しかし、それから92年に「ロード」を発表するまでの約15年、経済的には不遇の時代を過ごします。
夢を追い続け、それを叶えたジョージさん。
「だってさ、1番好きなことをあきらめたら、2番目や3番目のことにがんばれるか疑問でしょ?」
そう語ったジョージさんの一言に、強い意志が滲んでいました。
そして迎えたTHE 虎舞竜での「ロード」の大ヒット。 当時の伝説のエピソードの数々を笑い話満載で明かしてくれました。

そんな高橋ジョージさんがスウィングする曲・すうぃんぐnumber1に選んだのは、自身にとってのスタート音、『ブルー・スエード・シューズ/エルヴィス・プレスリー』。
この曲を聞くと、難しいことを考えないで、前へ行こう!とハートが揺さぶられるのだそうです。

大好きなエルヴィス・プレスリーとジョン・レノンに共通するのは、子育てを一生懸命やったこと。
もちろん、ジョージさんも今、子育てに夢中です。 愛妻・美佳さんとの温かな家庭についてもたっぷり語ってくれました。
でも、ジョージさん、子供をあやすときもロックン・ロールなのだとか。
さらに、驚きなのはジョージさんのトレードマーク「リーゼント」!
なんと夜も自身がセットしたリーゼントで眠っているのだそうです。その理由は、「明日のことを考えないで生きている」から。万が一のことがあっても、リーゼント姿の自分でいたいのだそうです。
ジョージさんの理想は、死ぬときに仲間を集めて、「最高だったよ!また会おうな!」と伝えること。
最期の瞬間までロックン・ロールなジョージさんなのです。

そんなジョージさんは、今年で50歳。
「いい歳こいて、イマドキ」をキャッチフレーズに、まだまだ理想を追求していくと語ってくれました。
全身から元気が溢れる高橋ジョージさんの魅力がたっぷりつまった30分。
どうぞお見逃しなく!

【経歴】  
1958年生まれ 宮城県出身
93年 「ロード」がヒット。7つの音楽賞を受賞。 アルバム「ドキュメント・ロード」をリリース。
94年 シングル「ロード~第2章」が200万枚以上の大ヒット。 ドラマ「家族ロック」で、ドラマ初出演。
95年 シングル「ロード~第3章」をリリース。 アルバム「ロード~第3章 回想」をリリース。
ドラマ「転職ロックンロール」(ANB)に出演。
96年 映画「ロード」に出演。
97年 レコード会社を移籍、シングル「ロード~第4章」を移籍第一弾としてリリース。
シングル「届くことのない手紙―ロード~第5章」をリリース。
98年 映画「ラッキー・ロードストーン」に主演。
99年 レコード会社を日本クラウンに移籍。
00年 マキシシングル「ロード~上巻7/13」をリリース。
01年 マキシシングル「ロード~下巻13/13」をリリース。 ロード13章の全てが完結された。
03年 映画「新 男樹」に出演。 アルバム「ザ・ロード」が第45回日本レコード大賞・企画賞を受賞。
04年 約3年ぶりの単独ライブ2日間を成功させるが、この時期からバンドとしての活動は「冬眠状態」に入る。
06年 バラエティ「サンデージャポン」(TBS) 「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中」(NTV)に レギュラー出演。
THE虎舞竜のベストアルバム「THE 虎舞竜 SUPER BEST」をリリース。
※他の主な出演に、バラエティ「2時っチャオ!」(TBS)など。

高橋ジョージのすうぃんぐな一曲(2月20日(水)・3月12日(水)放送)

「ブルー・スエード・シューズ/エルヴィス・プレスリー」

エンディング曲

エンディングでは、今宵のゲストのイメージを、小林香織がある曲で奏でます。
「トゥッティーフルッティー」
演奏:小林香織&すうぃんぐバンド