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2011年7月8日・22日放送 「涼む×夏(前編)」
夏。
日本に巡り来る季節の中で、自然のエネルギーをいちばん蓄えるとき。
この日差しはなくてはならないもの。でも・・・
涼む。
エアコンも、扇風機もない時代から、日本人が重ねてきた夏の工夫には私たちの暮らしをエコへと導くヒントがあります。
見て涼む
聴いて涼む
味わって涼む
湿度の高い土地に住む日本人は、古くから「涼しさを感じる感性」を磨いてきたのです。
今夜は、何気ないものから涼しさを感じる夏を過ごす日本の知恵に迫ります。
京都の夏。
全体が盆地のなかにあるこの町は、夏、ひときわ蒸し暑くなる事で知られています。
しかし、だからこそ古の都人たちは、様々な知恵と工夫で、涼を求めて来ました。
たとえば、鴨川沿いに設けられた「納涼床(ゆか)」。
江戸時代から、京都の人々はここで夕涼みを楽しんでいました。
また、わずかな風を上手に家のなかへ招き入れる「町屋」で日常に涼をとりこみました。
そして、京都市内から川沿いに山道を上ったところにある「貴船」。
水面から数十センチ上に作られた川床(かわどこ)は、まさに天然のクーラーです。
真夏でも平均気温は23.5度。
街のなかより10度も低いと言われます。
昔から京都の人たちが、それを見ることで涼を楽しんで来たのが、和菓子です。
氷を浮かべたようなくずきりや・・・ 涼しげで可愛らしい青竹の中からあらわれる、水分をたっぷり含んだ小豆と栗のお菓子。
そして、まるで日本画のように川の風景を描き、ひんやりした水温まで感じさせてくれる透き通った羊羹も。アートですね・・・
これらを手掛けるお店が、甘春堂。
京都で150年近く、献上や贈答などに使われる和菓子を作り続けて来た老舗です。
店に伝わる「見本帳」には、数々の美しい和菓子が描かれています。
和菓子は冷やしすぎてはおいしさを損なってしまいます。
実際に冷やすのは少しだけ。
それを、とても冷えているように思わせるには視覚を通して、心に涼しさを感じさせればいい・・・・・・。
江戸時代の職人は、それを分かっていたのです。
目から心に涼しさを届けた、京都の和菓子文化。
そんな和菓子が、東京の若者たちの手で新たな息吹を吹き込まれ、生まれ変わっています。
厨房で和菓子づくりの最中の2人。
稲葉さんと浅野さんによる、wagashi asobiという、ユニットです。
もともと大手和菓子店に勤務していた2人は、当時よく知り合いに頼まれ、茶会やイベントのため個性的な和菓子を趣味で作っていました。
すると、その自由な発想が口コミで評判に。
そこで2人は、今年独立してアトリエを構えたのです。
この日は、台湾茶の茶会で出すお菓子を制作中。
まずはカモミールの花から煮出したお茶を、寒天に加えます。
常温で固めたら・・・光が美しく反射するようにカットして重ねます。
琥珀菓子『かさなる光』の完成です。
涼しげなだけでなく、カモミールでリラックス効果もあるんだとか。
そんな和菓子をお出しするお茶会がはじまりました。
台湾茶の茶人・ペルさんの手による、涼をテーマにした茶会です。
夏の風物詩のひとつが、涼しげに泳ぐ金魚。
でも、実はこれ、写真ではありません。
実はこれらの金魚、すべて絵なんです。
写真やフィギュアではなくあくまで平面に描いた絵を、重ねたもの。
それにしても、リアルですねぇ・・・・・・
これらの金魚作品を専門に描いているのが、美術作家の深堀(ふかほり)隆介さんです。
あれほどリアルな金魚、一体どうやって描いているのか、アトリエにお邪魔してみました。
まずヒノキの枡の底に樹脂を流し込み、乾いたらそこに金魚の下の方のヒレを描きます。
絵具が乾いたら、また樹脂を流し込んで・・・ 今度は金魚の上の部分を描きます。
この工程を繰り返す事で、立体感のある作品が生まれていたんです。
深堀さんの金魚の作品は、今、世界各国で注目を浴びています。
彼の作品を通して日本ならではの夏の風物詩・金魚が世界中に「涼しさ」を届けているのです。
心に「涼」を届ける美しさのため、人間の手でつくられた金魚は、いわば泳ぐ宝石。
そんな金魚の開発に取り組む人を訪ねました。
「堀口琉金」とよばれるブランド金魚を世に送り出してきた、堀口英明さんです。
五代目になる堀口さんはどんな金魚を目指して、開発を行っているのか?
プロの目から見た「美しさの基準」を伺ってみると・・・
美しい琉金は、「尾筒」と呼ばれる尾びれの付け根が、太くてしっかりしているとの事。
さらに・・・そんな金魚の美しさを評価する場所が、競売です。
こちらは江戸川区で今も行われている、金魚の競り。
生産者が持ち込んだ金魚に、厳しい目を持つ卸売業者が値段をつけていきます。
競り落とされた金魚たちは、涼しさを届けるため、各地の店に引き取られていくのです。
江戸時代後期になると、金魚をつかった新しい「遊び」が流行するようになります。
それが、金魚すくいです!
このお店は、10年ほど前からカフェを併設しています。
美しい金魚を見て涼んだ後は、可愛らしい金魚のインテリアに囲まれながらゆっくりと休めるスポット。なんだか、癒されそうです。
昭和20年から30年代には、50人もの金魚売りが「桶」をかついで都内を回り夏の風物詩となっていました。
実はその「桶」には、金魚の事を考えた、ある工夫がされていたんだとか。
夏の日本に涼を運んで来るもの。
軒下などに吊り下げる「釣りしのぶ」です。青々としたシダの葉が風にそよぐのを見ると、心にまで爽やかな風が吹くように感じます。
「釣りしのぶ」は江戸時代、植木職人や庭師によってつくられ・・・
彼らが出入りしていた屋敷に夏、お中元として贈られたのがはじまりと言われています。
そんな釣りしのぶに、近年、ちょっとした変化がこの釣りしのぶ、よく見るとチョウチョの形をしています。
金魚の形の、愛らしいものも。
更に現代的なセンスに溢れた、卓上型のオブジェ。
微妙なバランスを保ったこちらの釣りしのぶは、コケの水分が蒸発するとオブジェが倒れて水分補給を知らせます。
実はどれも、美術大学の学生がデザインしたもの。
2003年に始まった、えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト。
江戸川区の支援で、美術大の学生が伝統工芸者と一緒に製品を開発します。
今年も、風鈴や江戸扇子などの職人が参加。
その中で、一際多くの学生に支持されていたのが、釣りしのぶでした。
江戸川区の釣りしのぶ職人深野さんの自宅を訪ねてみると・・・・・・あります、あります!
庭一杯につくられた「栽培棚」に、大小15種類ほど、数百個の釣りしのぶがぶら下がっています。
深野さんは、年間およそ3500個を作っているんだとか。
夏は毎朝、釣りしのぶに水をかけてやるのが、深野さんの日課。
濡れて一層鮮やかになった葉を見ると、とても涼しげに感じられますよね?
深野さんは、たった一人で作業を行っています。
まず、割り竹や木炭などの芯となる素材に、山苔を巻きつけていきます。
こちらは、「シノブ」というシダの根茎。
秋に山から取って来たものです。
これを、休眠状態にあるうちに山苔の周囲に這わせて固定します。
休眠中は根茎が柔らかいため、作業がしやすいのだそうです。
出来上がった芯同士をしっかりと縛り付ければ、井桁(いげた)と呼ばれる伝統的な形の釣りしのぶが完成。
「見ること」によって涼を得て来た日本人。
何百年も前から私たちが親しんできた夏の風物詩が・・・・・・
省エネの今、再び注目されています。
エネルギーを使わず、心で涼む。
それは私たちが長い間、ごく自然に行ってきたことでした。
金魚坂
住所:〒113-0033 東京都文京区本郷5-3-15 |
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堀口養魚場
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甘春堂
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wagashi asobi TOKYO
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江戸川伝統工芸保存会 つりしのぶ 萬園
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台湾茶人 珮如(peru) |