円楽の大江戸なんでも番付

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ありがたいね 楽しいね  江戸っ子たちの浅草寺

「神社仏閣番付」に注目。江戸時代に人気だった全国各地の寺と神社のランキング。
東の大関に伊勢神宮、西の大関には高野山。続く関脇には、日光東照宮、善光寺、小結には、東・西の両本願寺、宮島と今も人気の神社・仏閣がずらりと名を連ねています。江戸時代、庶民にとって寺や神社はどんな存在だったのでしょうか?

今や世界各国から観光客が訪れ、日本を代表するランドマークとも言える「浅草寺」。時代をさかのぼれば、江戸の人々にも愛され、一日中楽しめるテーマパークのような存在でした。さて、その人気の秘密とは?江戸っ子たちの粋な浅草寺参りとは、いったいどのようなものだったのでしょう?そんな浅草寺の奥深い魅力に迫ります.

<江戸っ子は浅草寺でストレス解消?!>
浅草寺の歴史は、今から1300年以上前の飛鳥時代にさかのぼると伝わります。今の隅田川で漁をしていた兄弟が聖観世音菩薩を発見し、まつったのが浅草寺の始まりとか。江戸時代になると、近くに見世物小屋や落語の寄席などもできて、参詣に加え、行楽、歓楽の場としても庶民に親しまれてきました。

<通称「雷門」と呼ばれる「風雷神門>
江戸初期には、誰もが知る、あの大きなちょうちんはなかったといいます。では、大きなちょうちんがが掲げられるようになったのはいったい…?

<参拝のお目当ては仲見世の看板娘?!>
浅草寺・表参道に建ち並ぶ「仲見世」も魅力のひとつ。そもそもこの仲見世は、いつから現在のように賑わっているのでしょうか?参拝を口実に足しげく仲見世に通った客も多かったとか。その理由とは?江戸創業の老舗と共に紹介します。

<変わらぬ人気のおみくじ・御朱印>
浅草寺は江戸・三十三観音の1番札所でもあります。寺や神社を訪れた記念にもらう人気の御朱印集め。御朱印の本当の意味とは?また、凶が多いと噂される浅草寺のおみくじ。その真相とは?

さらに、八代将軍吉宗が度々訪れたという、浅草寺の本坊「伝法院」も紹介。スタジオでは円楽、中尾夫妻が江戸の粋な小物玩具に興じます。