イタリア中部の街、フィレンツェ。古代ローマやギリシャのように人間の姿を生き生きと描き出すルネサンス絵画の流れはこのフィレンツェで始まりました。まさに花の都という名前を持つフィレンツェを訪ね、ルネサンスの始まりから開花までをたどります。
今回の要となる画家はボッティチェリ。誰もが間違いなく知っている2枚の絵、「春(プリマベーラ)」と「ビーナスの誕生」はまさにルネサンスがフィレンツェで熟したところに生まれました。
そして名画の陰に必ずいるパトロン。この2枚の後ろには15世紀後半のメディチ家の当主であり、当時のフィレンツェを支配していたロレンツォ・デ・メディチがいました。派手好きで、芸術を愛し育てることの大好きだった彼は「豪華王」と呼ばれていました。銀行業でヨーロッパを動かしていたメディチ家は文化を育てる場所でもあったのです。その文化がルネサンスとして実りました。
職人の息子として生まれたボッティチェリは子どもの頃から父の方針により読み書き算数を仕込まれました。とはいえ、そこは職人の息子、振り出しは金細工師の弟子。しかしそこから画家の弟子となり、教養豊かだったことからロレンツォ豪華王に気に入られ、親友と言ってもいい間柄となります。そしてボッティチェリはメディチ家のお抱え画家と言ってもいい自由で豊かな人生を送ります。
しかし、ロレンツォ豪華王の死後、ボッティチェリは時代と離れ、孤立してしまいます。次の時代を開く3人、ミケランジェロ、ラファエロ、レオナルド・ダ・ヴィンチはフィレンツェから巣立っていきました。ルネサンスがこうしてイタリア、さらにはヨーロッパ全体に広がっていったのです。
ボッティチェリの数々の絵とともに、花の都フィレンツェをご案内します。