BS朝日開局15周年特別企画 黒柳徹子のコドモノクニ ~夢を描いた芸術家たち~

BS朝日開局15周年特別企画 黒柳徹子のコドモノクニ ~夢を描いた芸術家たち~

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放送内容

片岡鶴太郎が巡るサトウハチローの世界
僕は不良少年だった…
童謡詩人が母に捧げた愛の詩

大正11年から昭和19年までの22年間に287冊発刊された絵雑誌『コドモノクニ』。子どもたちの情操を育てるため、きら星のごとき芸術家たちがこぞって作品を掲載していた。この番組では、この伝説の絵雑誌に作品を描いた芸術家の人生を“旅人”がたどる。

初回の旅人は、今や画家・書家としても活躍する片岡鶴太郎。たどるのは、2万編を超える詩作を残した童謡詩人・サトウハチローの世界だ。「ちいさい秋みつけた」「うれしいひなまつり」など、今も歌い継がれる童謡の作詞にとどまらず、終戦直後の日本人を元気づけた「りんごの唄」もサトウハチローが作詞したもの。番組ナビゲーターの黒柳徹子は、交流のあったサトウハチローの印象を「こころの澄んだ詩人」と語っている。

数々の名作を残したサトウハチローだが、その足跡をたどると意外な事実が見つかる。少年時代は手の付けられない「悪童」で、当時小笠原にあった感化院(=現・児童自立支援施設)に入っていた時期まであったという。そして、世に出たきっかけは、詩人ではなく喜劇王エノケンの座付き作家。作家・菊田一夫をはじめとする遊び仲間たちとおもちゃ屋を開いていたこともあった。そんな彼が、いかにして子どもたちに夢を与える詩人に生まれ変わったのだろうか?

サトウハチローと同じく東京生まれ、浅草で青春を過ごした片岡鶴太郎。自身の人生を重ねながら、茗荷谷・浅草・上野動物園、とサトウハチローの足跡をたどる。通った小学校、大好きだったお酒、お気に入りの下町の甘味…。サトウハチロー晩年の弟子・宮中雲子さんへのインタビューからは、生涯母への思いを抱き続けた純粋な姿が浮かびあがる。

旅を終えた旅人は毎回、番組の最後に未来を生きる子どもたちのために作品を描く。果たして、片岡鶴太郎はどんな作品を残すのだろうか?