加藤千洋列島縦断3000キロ!国境の絶景をゆく
番組概要
辺境、最果ての地…、人はそこに旅情を誘われる。 日本最北端の北海道・稚内から最南端の沖縄・波照間島まで、国境3000キロの絶景を歩き、異国の言葉が飛び交い、異国の風が漂うエトランゼの街で出合う、隣国との向き合い方とは?
最果ての地の絶景は、人々の心に深くしみ入る。海の先はもう異国。東京から見れば最果てでも、国境の地から見れば最も異国に近く、国と国、人と人が交わる交流の玄関口。異国の言葉が飛び交い、異国の風が漂うエトランゼの街。国境の街ならではの人々の暮らし、隣国の人との交流。長く培った習慣・文化。それは、21世紀に生きる日本人のための「再発見の旅」でもある。
2009年~2013年にわたって放送したBS朝日とテレビ朝日系列局による共同制作番組「にほん風景遺産」の旅人として、日本各地の絶景を歩いた加藤千洋(同志社大学教授/前朝日新聞編集委員)が、今回もBS朝日と3局の協力により、日本最北端の北海道・稚内から最南端の沖縄・波照間島まで、国境3000キロの絶景を歩く。辺境、最果ての地…、人はそこに旅情を誘われるだろう。
今後の放送予定
旅の始まりは沖縄・八重山諸島の中心、石垣島。2013年の新空港オープンで話題のリゾート地。およそ東京から1950キロ、沖縄本島から470キロ、逆に台湾とは270キロしか離れていない。
島一番繁華街、最南端のアーケード商店街「ユーグレナモール」にあふれる言葉は中国語。海の玄関・石垣港から6万をこえる台湾人観光客がやってくる。彼らの観光はとにかく忙しく、そして陽気。遠く八重山の島々を見通す石垣一の絶景・バンナ岳の展望台にバスで乗り付け、ポーズを決めると「ハイ、チーズ!」。続いて、台湾にない透き通った海、青い空の川平湾では、海に足を着けて大はしゃぎ。そしてお目当てはもう一つ、焼肉。2000年の沖縄サミットの晩さん会で出され、各国の首脳をうならせた石垣牛だ。見て、食べて、買って、慌ただしく島を巡る台湾人観光客に密着する。
8月、石垣島で台湾の祭り「土地公祭」が行われる。「土地公(トティコン)」という日本の地蔵に似た土地を守る神様を祭ったもの。豚を丸ごと奉納することから、「豚祭り」とも呼ばれる。祭りを行うのは、戦前、台湾から移住し、パイナップル栽培を広めた開拓民の2世・3世。彼らの親たちがマラリアと戦い、密林を切り開き、石垣に根付いたのだ。今や石垣を支えるパイナップル産業の、知られざる台湾人移民の歴史を探る。
また、尖閣諸島を行政区に抱える石垣市は、国境の自治体。石垣港には我が国最大8隻の巡視船が配備され、国境の監視を怠らない。緊張漂う国防の港をレポートする。
続いて訪ねたのは、日本の最北端・宗谷岬。かつて樺太(からふと)と和名で呼ばれたロシアのサハリンまで47キロ。晴れた日には間宮海峡の向こうに島影が望める。流氷が接岸する厳冬、海は一面氷で覆われ、サハリンまで地続きとなる。200年前、歩いてこの海を渡り、満州まで行った人物がいる。間宮海峡を発見した間宮林蔵だ。最果てのロマン、そして最北端の岬から見る国境の海はまさに絶景。
ロシアとの国境の街、稚内に年間1000隻の外国船、1万人のロシア人がやってくる。経済成長著しいロシア。ピーク時に比べその数は減ったが、彼らは最北の町のお得意さま。稚内にあるあちらこちらの店の看板、道路標識、バス停の時刻表までロシア語だ。一瞬、ロシアかと見間違う看板の数々に、北の国境の風景を感じる。上陸した彼らは、日本で最もロシアに近い街にあるロシア料理店でボルシチに舌鼓を打ち、日本製の日用雑貨を買いあさる。「東京から見れば最果てでも、サハリンから見れば日本の玄関」なのだ。
近年、稚内に新しい動きが始まっている。ロシアに最も近い地の利を生かし、農作物を輸出しようという。1日かけて東京の市場に送るのではなく、数時間で着くサハリン。玉ねぎやスイカなど、サハリンで栽培できない野菜を輸出する。不振が続く北海道経済の新しい可能性を開くのか、取材した。
さらに、北海道にはいまだに不法占拠されたままの日本領がある。1945年、ソ連に占領されたまま今日に至る北方領土。今回、船をチャーターし、ロシアが一方的に国境を宣言した緊迫の海の国境「操業自粛ライン」ギリギリまで迫る。北方領土の海の今、そして、国境の海から見えた北方領土の島々の風景とは?