うたの旅人

うたの旅人

  • トップページ
  • バックナンバー
  • contents3
  • contents4

バックナンバー

初回放送:2010年4月23日「青い山脈」





1949年、戦後間もない時代に、藤山一郎・奈良光枝のデュエットでレコード発売された「青い山脈」が空前の大ヒット!同タイトルの映画主題歌であるこの曲は、公開に先立って発売されたが、軽快なメロディーが人々の心をつかみ、映画公開時には観客が合唱できるまでに浸透していた。このブームは一時的なものに終わらず、60年経ってもなお「心に残る歌」や「私の好きな歌」などで1位に選ばれるなど、日本歌謡になくてはならない1曲となっている。
そんな「青い山脈」には、実際にモデルになった山脈がある!?
今回は青森県弘前市と秋田県横手市を旅する。

映画「青い山脈」は、石坂洋次郎が1947年に発表した同タイトルの小説を映画化したもので、監督は今井正。出演は原節子、杉葉子、池部良ほか。
地方の高等女学校で起こった偽ラブレター事件をきっかけに、男女交際について、古い慣習に捉われる旧派と自由を主張する新派の町をあげた騒動に発展していく物語で、若さ、恋愛、自由などがユーモラスを交えて描かれた代表的青春映画。映画館は連日超満員となった。

原作者、石坂洋次郎は青森県弘前市生まれ。大学卒業後、弘前で1年、横手で13年教員を勤め、その体験をもとに小説を書いたと伝えられている。歌詞碑や文学館は両県に存在し、青い山脈は「石坂が幼少期から目にしていた白神山地だ」という青森説と「13年も教員を務めた横手の奥羽山脈だ」という秋田説がある。
青森・秋田それぞれの石坂洋次郎縁の土地を訪れ、その真相に迫る。

一方、映画の舞台は"山脈"ではなく、伊豆の海である。
脚本のみならず、主題歌も変えようとした今井正監督。
ヒットの裏側に隠された映画製作とは?

作詞をした西條八十と作曲をした服部良一。
昭和を代表する偉大な作詞家・作曲家が、この曲に込めた思いとは?

戦後の日本に、若く明るい歌声を響かせた「青い山脈」
小説、映画、歌、それぞれに秘められた思いを探る。