建物遺産~重要文化財を訪ねて~

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大浦天主堂<国宝>

大浦天主堂の正式な名称は「日本二十六聖殉教者天主堂」。慶長3年(1597)豊臣秀吉のバテレン追放令により長崎・西坂の丘で磔刑にされた宣教師や信者、二十六聖人に捧げられた教会堂である。長崎奉行所は殉教地に建てることを許さず、外国人居留地・南山手の一角が建設の地となった。教会の正面は、直線で2Kmあまり離れた、その西坂の丘を向いている。竣工は元治元年(1864)、神父・プティジャンの指導のもと、天草の大工棟梁・小山秀之進が建設を手がけた。その後、明治8年(1875)と明治12年(1879)に増改築が実施された。木造から煉瓦造となったが、内部の主要部は竣工時の姿が多く残っている。尖塔アーチ状のステンドグラスの窓、漆喰で仕上げたリブ・ヴォールト天井など垂直性を強調したゴシック様式の特徴が見て取れる。