建物遺産~重要文化財を訪ねて~

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旧小坂鉱山事務所

関西の財閥・藤田組が経営する小坂鉱山の本部事務所として建てられた。設計は、同事務所工作課の北湯口勇太郎と推定されている。口字型平面の3階建。ルネサンス風、漆喰壁面の外観。正面にバルコニー付ポーチを配し、イスラム風といわれるレース編みのような繊細な透かし彫りに、デザインされた社名が隠されたアーチが付く。明治初期の「富国強兵」「殖産興業」政策に貢献した小坂鉱山は、明治17年(1884))に藤田組に払い下げられた。明治30年代、土鉱と呼ばれた鉱石が底をつき沈滞期を迎えたが、土鉱の下にあり製錬が出来なかった黒鉱の製錬技術開発に挑み、その成功は小坂鉱山に新たな活気をもたらした。明治38年(1905)、巨費を投じて豪壮華麗な事務所を建設。明治40年(1907)には鉱産額日本一となり、まさに大鉱山のシンボルとなった。