熱中世代 大人のランキング

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バックナンバー

2014年6月16日放送

熱中ゲスト

シンガー・ソングライター 五輪真弓

代表作のひとつ「恋人よ」は昭和の名曲でもある。デビューから40年あまり、現在も第一線を走り続ける女性シンガー・ソングライターの〝草分け〟五輪真弓さんをゲストに招く。
五輪さんがトーク番組に出演するのは、ほとんど初めてのことだ。
豪華アーティスト、キャロル・キングと共演したデビュー曲「少女」のレコーディングはもちろん、「恋人よ」「時の流れに~鳥になれ~」などの名曲がどのようにして生まれたのか・・・貴重映像とともに、作品への思いと誕生秘話をたっぷり聞く。
五輪さんは去年(2013年)、約9年ぶりのオリジナルシングル「BORN AGAIN」を発表。
ほかにもベストアルバムのリリースやツアーなど精力的な活動でデビュー40周年を彩った。
その五輪さんの新たな挑戦とは・・・。

カルチャーランキング

〝美空ひばり記念館〟と美空さんの人気の歌

昭和の大歌手・美空ひばりさんが暮らした東京・目黒区の自宅の一部が〝記念館〟として公開され、大変な人気になっている。
和室や庭など、ひばりさんが過ごした空間、見た景色が当時のまま保たれていて、ひばりさんが好んだお茶や季節の菓子も楽しめる。
完全予約制で満席状態が続くひばりさんの自宅を取材。家族との絆を深め、招いた親しい人たちと交流した、ひばりさんの大切な場所、その〝空気〟をお伝えする。
また、熱中世代のオトナ100人にアンケート、好きなひばりさんの歌を聞いた。数々の名曲を残すとともに、多くのアーティストに大きな影響を与えてきた〝昭和の歌姫〟ひばりさんの歌をランキングする。熱中世代の人気ナンバー1の歌とは・・・。

プレイバック

衝撃のデビューと外国人アーティストとの共演

五輪さんが「少女」でデビューを果たしたのは1972年。それは衝撃的なものだった。当時では異例のアルバム、シングル同時発売、しかも、そのデビュー作のレコーディングをアメリカ・ロサンゼルスで行ったのだ。
さらにレコーディングには前年の1971年にアルバム「つづれおり(Tapestry)」を発表、世界的な大ヒットとなったキャロル・キングが参加した。
アメリカの女性シンガー・ソングライターの第1人者が、なぜ日本人の若いアーティストの、しかもデビューアルバムに参加したのか。2人の間で交わされた言葉とは・・・。
順調なデビューを果たし、自身で作った歌を歌う、シンガー・ソングライターとしての活動を続けていた五輪さんが、世界的な人気歌手、アダモと〝共演〟するのはその後のことだ。
1975年に発表した「Mayumity うつろな愛」をフランスCBSレコードが絶賛し、現地での活動を促したことから渡仏。1977年にフランス語で歌ったアルバム「MAYUMI」をヨーロッパ各国で発表する。
こうしてアダモのオランピア劇場でのコンサートに招かれ、ゲストとして歌ったのだ。五輪さんは、どんな心境でステージに立ったのか・・・。

ライフスタイル

名曲誕生秘話・・・五輪真弓の〝世界〟

数々の名曲を世に送り出してきた五輪さんだが、1980年に発表し、大ヒットした「恋人よ」は、五輪さんの代名詞ともいえる作品。
この歌で日本レコード大賞金賞を受賞し、NHK紅白歌合戦に初出場した。淡谷のり子さんや美空ひばりさんらもカバーした〝昭和の名曲〟は、どんなきっかけで生まれたのか、「恋人よ」に込めた思いとは。
切ない女性の気持ちを歌った作品が多かった五輪さんだが、結婚と出産を経て1986年に発表した「時の流れに~鳥になれ~」は、スケールの大きな曲として話題になった。私生活の変化が作詞・作曲など音楽活動に与えたものとは何だったのか。
また、同じころ五輪さんの作品「心の友」が、インドネシアで大ヒットとなる。1982年発表のアルバム「潮騒」に収録されている曲だ。インドネシアで〝第2の国歌〟と呼ばれるほど親しまれている「心の友」が紡いだ絆とは・・・。

五輪真弓 さん

1951年東京都出身。
1972年「少女」でデビュー。 このレコーディングはアメリカLAクリスタルスタジオで行われ、キャロル・キングが参加し大きな話題となる。 1977年CBSフランスの呼びかけにより、パリレコーディングによるアルバム「Mayumi」をフランスで発売。同年サルバートーレ・アダモの招きによりオランピア劇場でのコンサートにゲスト出演する。
1980年にリリースした「恋人よ」が日本レコード大賞金賞を受賞、日本のニューミュージック界を代表する女性アーティストとなる。
1982年2月香港(香港スタジアム)で初の海外ワンマンコンサートを開催。以降、インドネシア・中国など東南アジア諸国でも大きな支持を集め、海外での活動も増えるようになる。海外では、1983年5月香港(クイーンエリザベススタジアム)、1986年5月インドネシア・ジャカルタ(スナヤン・コンベンションホール)、1992年5月マレーシア・クアラルンプール(プトラ・ワールド・トレード・センター)でコンサートを開催した。
2005年のスマトラ沖地震後には、インドネシアのシンガーDelonとのデュエットによるチャリティ・シングル「KOKORO NO TOMO」をリリース。スマトラ沖地震やインド洋津波の被災者のために尽力した。この「心の友」は、インドネシアの第2の国歌として親しまれている。
2013 年はデビュー40周年記念シングル「BORN AGAIN/花のように」、ベストアルバム「Lovers&Friends」をリリース。 秋には6年ぶりのソロコンサートを開催し、変わらない歌声・歌唱力でファンを魅了した。
2014年7月には香港で、22年ぶりとなる海外公演を開催するなど精力的に活動を行い、デビュー40周年を経て、今なお輝き続けている。