ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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6月13日(土)ゲスト: 貴乃花親方 (第65代横綱)

第65代横綱・貴乃花親方。インタビュアーは、月刊ゲーテ編集長・舘野晴彦。舘野は貴花田時代から雑誌の取材を通し、貴乃花の相撲人生を見つめてきた。その後、公私にわたり、親交を深めてきた二人。事実では無い事も度々報じられたとメディアに対して反発し、「相撲に専念する」とテレビ番組取材から距離を置いてきた。だが土俵を降り、親方としての人生を歩む今、少しずつその態度や発言に変化が見え始めた。
舘野が手掛ける月刊「ゲーテ」では、これまでも独占インタビューに度々答えてきた貴乃花親方。長い付き合いがある舘野だからこそ聞きだせる、心の内にある思いが今、語られる。

15歳で父の藤島部屋に入門。父は入門の日に「今日からは父と息子ではなく師匠と弟子だ」と言い切り、実際にその関係を貫いた。当時15歳、家族を失ったと言っても過言ではない状況で、どう這い上がっていったのか?孤高の努力家が見つめた相撲道とは。

現役時代、横綱として数々の記録を打ち立てた貴乃花。一方で記憶に残る取組も多い。千代の富士を引退に追い込んだと言われる、貴花田時代の一戦。激闘を制し、二場所連続全勝優勝、見事横綱昇進を決めたライバル曙との一戦。そして「鬼の形相」と言われた、闘志剥き出しのあの武蔵丸戦。
激闘の数々は人々の記憶に残り、今でも語り草となっている。これらの名勝負を本人はどう振り返るのか?果たして、貴乃花自身が語る名勝負の裏側とは?

今では一男二女の父である貴乃花親方。周囲に三代目関取を期待されていた息子も、もう二十歳。その意外な進路が明らかに。そして二人の娘に対する子煩悩ぶりがあらわに!館野も思わず苦笑いした、お年頃になってきた娘達との日常とは?
その栄光と引き換えたかのような壮絶な人生。人間、花田光司の今が見えてくる。

その壮絶な人生の裏側、そして語られる事の少ないプライベートまで、貴乃花の半生を浮き彫りにする1時間。名勝負の取り組み映像も続々登場!

6月14日(日)ゲスト:伍代夏子 (歌手)

今年、芸能活動30周年!NHK紅白歌合戦21回出場と華々しい芸歴を持つ伍代夏子。だが、意外とその人生は知られていない。昭和歌謡を楽しむ事ができるカラオケ喫茶で、苦労した下積み時代から、夫・杉良太郎との私生活までを語る!

東京・渋谷区代々木八幡にある魚屋の娘として生まれる。小さい頃から歌が大好きで その美声ゆえに、周囲から歌手になることを期待されていた。伍代が子どもの頃の1980年代はアイドル歌手全盛の時代。何故かこの頃から演歌が好きで、友達からも変わっていると言われていたという。

20歳の時、「星ひろみ」としてデビュー。地方の建築現場からキャバレーなど、様々な場所にキャンペーンに赴くが、全く売れず…。その後、「加川有希」「中川輝美」と改名を続けるが、鳴かず飛ばず…。時にはOLとして働くこともあった。そんな伍代が今のようにヒット曲を出せるようになったきっかけとは!?

新人演歌歌手と言えば、新曲のキャンペーン。地方のレコード店からカラオケスナックへのどさ回り。苦労と悔しい思いの毎日だったという。ある日訪れたスナックでお金持ちの男性から受けた仕打ち。“竹を割ったような男らしい性格”とよく言われる五代も悔し涙を流したそのエピソードとは。

夫・杉良太郎との出会いから結婚のエピソードまでも語る。杉は「マイクを持つ手は、いつまでも綺麗にしないと」と気遣い、食器洗いと揚げ物は妻・伍代にはやらせないという。それまでどんな男性を見ても“物足りない”と思っていた伍代が杉を好きになった理由とは。

自他ともに認める、“せっかちな江戸っ子”という伍代。
普段、妖艶に演歌を歌う姿とはイメージが違う、等身大の伍代が見えてくる60分!