ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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4月4日(土)ゲスト:テリー伊藤

「天才・たけしの元気が出るテレビ」「ねるとん紅鯨団」「浅草橋ヤング洋品店」…。多くのヒット番組を生み出してきた演出家・テリー伊藤。彼が関わる番組は、奇抜な発想と演出で、どれもがバラエティーの歴史を塗り替えてきた。そんな天才演出家とも呼ばれるテリー伊藤の「裸の履歴書」に迫る。

「悪行で金を稼ぐ人たちの金庫を掃除機で吸う?」「ホームレスをスカウトし野球チームを作る?」テリー伊藤がこれまで考えてきた数々の企画を語る。そこには面白い事を追求し続ける姿があった。そして現在のテレビ番組のあり方について熱く語る。テレビ番組の未来とは?

東京の台所、築地に隣接する築地場外市場の老舗卵焼き屋に生まれたテリー伊藤は、住込みの店員さんを含め20人の大所帯で幼少期を過ごす。テレビを見ては華やかな世界に憧れていたが、就職できずフリーター生活を強いられる。朝2時から働いている両親の姿を見て、居たたまれなかったと当時を振り返る。

1968年、日本大学に入学後、学生運動に参加し、社会の矛盾を感じたというテリー伊藤。過激なってゆく学生運動の中、テリーは投石により左目を怪我し斜視になってしまう。その後20年以上斜視のままだったが、番組の企画で手術を行うことに。その時治った左目が自身に話しかけてきたという。それは?

「自分のお墓は30年後に自動的に爆発させる」というテリー伊藤が、家庭の存在を語る。普段語る事のない夫婦生活とは?そこには妻への懺悔と感謝があった。

65歳となった現在、コメンテーターとしての仕事を抱えつつ、新たな挑戦に挑む。それはドキュメンタリー映画の制作。なぜドキュメンタリー映画なのか、そしてその映画の内容とは。40年以上、第一線を走り続けてきたテリー伊藤が世に問う、新たな表現が明らかになる。

4月5日(日)ゲスト:小田禎彦

北陸新幹線が開業し、活況を帯びている石川県金沢。その金沢から、特急列車で1時間 ほどの和倉温泉・旅館「加賀屋」が今回の舞台。ゲストは相談役の小田禎彦。その加賀屋は、「プロが選ぶ日本のホテル旅館100選」で、35年連続総合1位を獲得し、名実ともに日本を代表する旅館だ。 全4棟、客室232、収容人数1400名という大きさを誇り、海沿いの温泉や、旬の食材を活かした洗練された会席料理など、どれもが超一級。しかも、バブル崩壊後、軒並み、大型旅館は客数を減らしたり、倒産に追い込まれるなか、加賀屋の客室稼働率は、全国の旅館の平均が48%ところ、驚異の80%となっている。

この加賀屋の人を惹きつける魅力は、施設でも、温泉でも、食事でもない。それは、 究極のおもてなし「気働き」を、約170名の客室係全員が実践できることにある。 その大型旅館ながらも、接客係が、気働きができるのは、小田の労働環境の改革にあった。その改革とはいったい何なのか?加賀屋の歴史を紐解きながら、女優・野際陽子が探っていく。

小田禎彦は、2代目社長の與之正と妻で先代女将の孝の長男として生まれた。この母こそ、禎彦にもっとも影響を与え、加賀屋の礎を築いたと言われる。とにかくお客の喜びを何よりも優先する女将で、採算度外視のおもてなしを行ってきた。この「気働き」とは、言人に言われる前に自分から率先して他人に気を使い行動すること。

3代目社長に就任した小田は、母の考えを受け継ぎながらも、大型旅館への転換を決断する。しかし、あまりの多忙さから、客室係が辞めていく事態が起こる。そして、2007年に起こった能登半島地震では1か月の休業を余儀なくされる。その時、小田が難局を逆手に取り行った方策とは?

ピンチをチャンスに変えた小田禎彦。先代の女将・孝の気働きを、社員に浸透させ日本一の旅館に育てあげたその経営手腕が明らかになる!