ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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12月6日(土)ゲスト:阿川佐和子

雑誌『週刊文春』の看板連載対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」で、多岐にわたる著名人との対談を担当して22年。1000人以上から話を引き出した、聞くプロフェッショナル阿川佐和子。 この連載対談の体験とテレビでのインタビューの経験をもとに書いた著書「聞く力」は相手の心を開き、素顔を引き出す阿川流の聞く極意が満載。160万部を超える大ベストセラーとなった。 そんな「聞き手」のプロフェッショナルに〝逆インタビュー〟。阿川の母校、東洋英和女学院を舞台に、吉永みち子が迫る。

阿川が人の話を聞く上で大切にしている事は、相手が話しやすい空気を創りだす事だという。そのために心がけていることとは?日常生活でも役に立つ、「聞く力」を身につける極意を紹介。

そんな阿川も対談を始めた頃は、相手の話を聞き出せず涙したこともあったという。一方、憧れの人との対談では、興奮しすぎて自分の話ばかりしたことも。 記憶に残る対談相手とのエピソードを、失敗談も交えて赤裸々に告白。

誰とでも楽しく話す阿川だが、少女時代は意外にも大人しい性格。話をするのが苦手な原因は厳格な父にあったという。 その頃の夢は「お嫁さん」。結婚し、一日でも早く家を出たかったという。

そんな阿川の人生に転機が訪れたのが中学、高校時代。母校、東洋英和女学院で人と話す事の楽しさを知り、今の阿川佐和子が育まれたという。当時書いた文集に残されていた阿川自身の「話す事への想い」。そこに記されていた言葉とは?

12月7日(日)ゲスト:坂本冬美

デビュー曲「あばれ太鼓」の大ヒットから一気に〝演歌界の女王〟に上り詰めた坂本冬美。数々の名曲をたっぷり聴かせながら、その素顔に迫る!

〝平成の歌姫〟坂本冬美の人生は、決して順風満帆ではなく、まるでジェットコースターのように浮き沈みの激しいものだった。そんな彼女には、転機のたびに現れる「運命の人たち」との出会いがあった。

デビューの翌年から14年連続して紅白歌合戦に出場。1996年には、「夜桜お七」でトリを務めた。そんな、まさに演歌の女王として君臨していた絶頂期に感じた「声が出なくなってしまう」という不安と、突然の体調不良。さらに、最愛の父の死をきっかけに、歌を歌えなくなったという。坂本は、ついに全ての芸能活動を休止し1年間の休業に追い込まれる。そんな人生のどん底にあった坂本が出会ったのが、「岸壁の母」を歌う二葉百合子。坂本を復帰へと導いた二葉の一言とは? そして亡くなった父のために、坂本自らが作詞作曲した歌「おとうさんへ」。歌詞に込めた坂本の父への想いとは?

さらに、今や坂本の代表曲となっている「また君に恋してる」。ビリーバンバンの曲をカバーしたものだが、坂本が演歌以外にも、ロックやポップスに挑戦するきっかけになった、ある運命の人との劇的な出会いについても語る。

激動の坂本冬美の「裸の履歴書」を明かすのは、月刊「DRESS」編集長・山本由樹。実は27年前に雑誌の企画で坂本を取材していた山本。彼だけが知るデビュー当時の坂本の姿とは? 初対面から27年間にわたって坂本の活躍を見続けて来たという山本が、歌手・坂本冬美の素顔と本音に迫る。