ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

  • トップページ
  • バックナンバー
  • インタビュアー
  • contents4

バックナンバー

5月10日(土)ゲスト:森進一

1966年のデビュー以来、常に歌謡界の王道を走り続けてきた森進一。来年で歌手生活50周年を迎える彼が、歌とともに生きてきた半生を語る。 森のすごさは、そのヒット曲の多さにある。いかに、歌手・森進一が人々の心に染みる歌声の持ち主であるかを物語っている証拠だ。 演歌歌手ではなく、流行歌手と自身が言う通り、ひとつのジャンルにとどまらない表現の幅広さは誰もが認めるところであり、その表現力は圧倒的な存在感を示している。

極貧の幼少期を過ごし、中学卒業後、家族への仕送りのため、20近い職を転々とした。人生に迷う森を救ったのは歌だった。しかし森は「歌が好きでたまらなくて歌手になったのではない」と語る。森を歌の世界へ飛び込ませたものは何だったのか?

ヒット曲も連発し、歌手としても幸せの絶頂を迎えたかに見えた矢先、最愛の母との突然の別れ。森はどん底に突き落とされる。そんな状態から森を救ったものとは?

歌うためにさまざまな経験をした。森は努力の人と語られることが多い。しかし、森は「自分で努力して培ったものは何もない」という。「すべては親からもらったもの」と。そして今、息子たちへ託す思いとは?

一時、世間を騒がせたいわゆる「おふくろさん騒動」。真相は今でも闇の中だ。それでも森は、言い訳することもなく、黙々と歌い続ける。今、森の胸中に去来する思いは…。

2005年の離婚の心労からか、長年の持病であったC型肝炎を悪化させ入院。苦しい闘病生活の末、2006年には完治したと報道されていた。しかしその後、公表されていない人生最大の試練が森を襲っていた。今回、初めてその時の状況と心境を明かす。

インタビュアーは編集者の石原正康。森進一の圧倒的なオリジナリティの源泉を知りたいと語る。今回のインタビューは森がインタビュアーを指名して実現した。音楽にも造詣が深い石原ならではの切り込みにも注目したい。

5月11日(日)ゲスト:手嶋龍一

NHKワシントン支局長時代、手嶋龍一の名を一躍日本全国に広めた2001年の9・11米同時多発テロ。 11日間に及ぶ24時間連続放送を通し、ワシントンから不眠不休で日本に情報を送り続けた、手嶋龍一。

外交ジャーナリスト、コメンテーター、作家、大学教授…。現在、様々な顔を持つ男に迫る今回のインタビュアーは、タレント、エッセイストの小島慶子。

「手嶋さんは謎だらけ。」

そう語る小島は、次々と手嶋龍一の素顔に切り込んでいく。

米同時多発テロ報道の裏側…。アメリカの報道最前線で培った手嶋流のマスコミ論…。重要な情報〝インテリジェンス〟を見分ける目。そして日本のメディアに対する熱き提言…、など、インタビューは「ここだけの話」の連続。

そして、小島が興味を抱いたのは、競走馬の馬主としての手嶋龍一の素顔。 2011年の安田記念では所有馬のリアルインパクトが勝利。さらに今年の桜花賞では、ハープスターが勝利し、フランス・凱旋門賞への挑戦を表明している。そんな手嶋が、最も尊敬する人物。それは子供の頃、北海道で知り合った〝予想屋のおばちゃん〟だという。

「外交ジャーナリストが馬主?」

競馬と外交、そこには意外な関係が…。 馬事公苑の白馬を背景に行なわれたインタビュー。そこから見えてくる、手嶋龍一の意外な素顔とは?