世界の名画 ~美の迷宮への旅~

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ストーリー

世紀末の妖しい幻想 モロー 「出現」

番組名

印象派が積極的に作品を世に問い始め、批判と嘲笑を浴びていた1870年代後半、世間の注目を集めた作品があります。ギュスターヴ・モロー作「出現」です。妖艶に踊るサロメの前に現われた、洗礼者ヨハネの生首。多くの画家が繰り返し取り上げて来た、新約聖書の洗礼者ヨハネの死にまつわるエピソードから、モローは全く新しい幻想的なシーンを創作しました。官能的なヒロインに与えられたファム・ファタール、つまり男性を破滅に追い込む宿命の女のイメージは、世紀末芸術に強い影響を残すことになります。
作者モローは、時として心ない批判を浴びせる画壇や世間を煩わしく思い、パリのアトリエに引き蘢って制作続けた画家です。いつしか"パリの隠者"と渾名された呼ばれるようになったモロー。彼が描く幻想の世界には、いつも人が心の奥に潜ませる愛や夢、あるいは官能や死といった心の闇が映し出されていました。ギリシャ神話や聖書といった古典的な題材を借りながらも、彼が本当に描こうとしたのは目に見えない世界だったのです。
今回はまず、パリのギュスターヴ・モロー美術館を訪ねます。ここはかつてモローが引き蘢ったアトリエ兼住居。彼は1万4千点余の作品とともに、自分の邸宅を国に遺贈したのです。モローが実際に暮らし、制作をした空間で、その代表作を鑑賞していきます。また、半生をほとんどアトリエで過ごしたモローの、数少ない縁の地も訪問。モローが心の傷を癒したパリ近郊の古都エタンプや、そこで描いた珍しい風景のスケッチなどもご紹介します。
モローの絵は、熱狂的なファンを生み出しました。その背景にあったのは、19世紀パリの闇。目紛しく変わる政治体制や、急速な近代化による歪みは、人々の不安感を増大させ、売春の蔓延などの退廃的な風潮を生み出したのです。今もパリに残る19世紀デカダンスの痕跡も、探っていきます。